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なんて静か!

2005/07/11

ラオスへはホーチミン経由で帰ってきました。直接ラオスへ入るエアラインはないので、タイやベトナム経由で入らなければなりません。今回は安かったベトナム航空を使い、往復ともホーチミンを経由してラオスへの入出国をしたのです。

初めてのホーチミン(旧サイゴン)は、ラオスとは激しいコントラストを見せていました。通りには圧倒的なオートバイの群れ、響き渡るクラクション、タクシーの運転手は運賃を吹っかけ、隙間があれば割り込んでいく運転スタイルに圧倒され、日本への帰りに立ち寄ったときには本当にうんざりしてしまったのです。しかし、この凄まじさ、中国系民族のバイタリティがベトナム戦争後の急激な復興を可能にしたのは間違いありません。
帰路に立ち寄った時には多少時間もあり、状況も掴めてきて、洪水のようなバイク流れをうまく横切って対岸(?)へ行くことができるようになっていました(マレーシア時代に慣れていたのがよかったのですが、マレーシアはここまですごい状況ではありませんでした)。

訪れたベトナム戦争博物館は想像以上の悲劇を明らかにしていました。そして、この民族にも我々の想像を絶する圧倒的な悲惨と過酷が通り過ぎていったことを示していました。投下された爆弾は第二次大戦でアメリカが使用した全量の約3倍にあたるそうです。ダイオキシンを含む枯葉剤等、ベトナムの人々は人間と見なされなかったのは間違いありません。しかし、彼らは総延長250キロに及ぶ地下防空豪を堀って交戦し、遂にアメリカの勝利を阻止したのです。正直ベトナム人よくやったと思ったのです。あまり脈絡はありませんが、僕はタクシーの吹っかけやぼったくり精神をほとんどアクセプトする心境になるのでした(ただし、日本人は狙われやすいので気を許してはなりません)。

急激な発展途上の状況で戦争の記憶は風化したのでしょうか。また、博物館には多くの白人が訪れていましたが、ここを訪れたアメリカ人は何を思うのでしょうか。
ともあれ、接触事故も起こさず交通ルールほとんど無し、クラクション鳴らしっぱなし、ベトナムの人々は今日もパワフルなのです。

夕刻着いた首都ビエンチャンは静かで、交通量も少なく、ひっそりと佇んでいました。先ほど後にしたホーチミンとはパワー、熱気、やる気、商売っけ等々、あまりの落差に少々気が抜けるのです。民族の特徴は様々ですが、私の住んでいるラオスは実に穏やかです。これはこれで実に心地いいのですね。

水が出ない!

2005/07/09

一時帰国で日本に帰ってきた所、水が出ません。我が家は上水道が引かれていない阿蘇の山の中にあります。そのためポンプで湧き水のある所から揚水をしていますが、ポンプが壊れていたのです。30年以上使い続けたポンプですから、諦めはつきますが、湧き水の所まではかなりの距離があるのでたいへんです。お風呂は周りに温泉がたくさんありますからどうにかなりますが、生活用水は運び上げなければなりません。

すぐにポンプを買い、交換作業です。配管は塩ビ管を用いて、ポンプと既存の埋設配管部分を繋ぐのですが逃げ代がないので素人には難しい作業なのです。また、接着剤が乾きすぎるとパイプが入っていかず長すぎたり、水漏れの原因になったりするのです。
ようやくポンプと既存配管部分の接続を終え、ポンプに呼び水を入れてスイッチオン!。「・・・」水は上がってきません。かなりしょっくです。
湧き水からのパイプは度重なる凍結でつぎはぎだらけですから、繋ぎ目から空気が入ってきている可能性が考えられたので、湧き水からの吸い込み管を慎重に繋ぎながら交換し、再度スイッチオン!。「・・・」水は上がってきません。相当しょっくです。

垂直距離は浅井戸用ポンプで十分でしたから安い浅井戸用を購入したのですが、水平距離が20m以上あるので浅井戸用ポンプでは無理だったのです。素人判断の甘さです。幸い、購入したホームセンターが売れ残っていた浅深兼用ポンプに交換してくれたので助かりました。深井戸用というのは、水を吸い上げながら、同時にポンプから圧送された水を吸込み口から吸込み方向に向かって噴出させるために長い距離の揚水が可能なのです。そのためにもう1本配管をしなければなりませんが。

長い距離がある2本のパイプと、ポンプ本体部分に呼び水として水を充満させなければ揚水しません。何かの間違いだろうという位の大量の水が必要で、今度もだめかと諦めかけたころに、ようやくポンプは揚水を始めたのです。

最近はリタイヤ後に田舎に住みたいという方がよく訪ねてきます。我が家の景観をほめて頂くのですが、田舎暮らしは結構疲れるのです。
湧き水のある所までは足場が悪く水汲みはたいへんです。台風による長期停電や、凍結によるパイプの破損の場合、水汲みに行かなくてはなりません。今回は悪い足場の抜本改善のために石段を築き始めましたが、1段積んだ時点で時間切れとなりラオスに戻ってきました。先は遠いのです。

ブログを始めました。
阿蘇の山あいの小さな町のはずれで家具を作っています。始めてから早いものでもう18年になります。
現在は、ラオスのサワナケートという町の職業訓練校で家具制作の指導をしています。去年の10月終わりに来て、赴任期間は2年の予定です。ラオスは静かで穏やかな人々が暮らす、貧しいけれど平和な国です。

これから、モノ作りのことやラオスの暮らしのことなど感じたり考えたりしたことを書いていく予定です。よろしくお願いします。