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どうして手作り、自家賄い願望が強いのかは自分でも不思議です。
できると思われる範囲のことはトライし、確認したいという思いが強いのです。特に伝統的に行われてきた保存食、発酵技術には大きな関心がありました。その点でも、田舎には伝統的な食の伝統が残っているわけで、私の中では、ともかく田舎に行かなければならないということになってくるのでした。
余談ですが、当時は「自然食通信」という雑誌が発行され始めた頃で、田舎で手作りという私の希望にぴったりの雑誌でした(今も在る?)。
また、家作りも大きな目標の一つでした。欧米では、個人が時には数年をかけて個々の理想の住居を作っている事例 ―多くは立派過ぎて私ができる範囲を超えていると思われるものが多かったのですが― を見たり、建築許可が下りたばかりの2×4住宅を自分の手で建て、資料を実費で配布してくれていた千葉の照沼さんからテキストを譲ってもらったり、急速に広まりつつあったログハウスブームの中で、真剣にログを検討したりしたものです。
家作りにしても土地のことを考えると、はやり購入しやすい田舎しかなかったわけです。
(参:ログに関しては自分の肉体的パワーを考えてギブアップしました。もしもやるなら角ログのダブテールエンド加工のものを積んでいくしかないなとの結論に達していました)
そして仕事は、家具作りを選んだのですが、大学を卒業し、会社でIDをやっていた頃、オークビレッジの初展示会をみて、明確にこの道しかないと思ったのでした。彼らについてはいろいろな事が語られ、稲本さんは先生になってしまいましたが、庄司さんや佃さんの変わらない人柄は魅力です(今は変わってしまった?。それはないと思いますが・・)。
ともあれ、わが町にも多くの方々が移住して来ましたし、今もその流れは続いています。
僕の移住理由は前述のとおりであり、そこには住まいと工房に利用できる古屋があったからです。現在の場所でなければならないという理由は全くなかったのです。単に理想を求めていただけですから。このことを詳らかにすると、地元の方は少し引いてしまうのですが・・。
当初は、相模原(神奈川県)の郊外を探していましたが、土地が高いために北海道を考えました。最終的には親のいる九州へ戻ったのです。
HPなどをするようになってから小説のたぐいをほとんど読んでいませんが、若い頃に読んだ本の中で、時間の経つのを忘れるほど夢中になれたものを紹介します。現物が手元にありませんので曖昧な記憶での感想をお許しください。
■回廊にて:辻邦生
芸術を通して「生」の意味を問う主人公の魂の奇跡を、日記と関係者の証言をカタカナ混じりの特異(?)な、透明感ある文体でドキュメンタリー風に描き、爽やかで余韻の残る読後感を与えてくれます。それまでの日本人作家とは一線を画す崇高な印象を受けた記憶があります。
あまり紹介される機会はありませんが、「天草の雅歌:辻邦生」も私のお勧めです。長崎奉行通辞、上田与志と混血の美女コルネリアの情愛と惜別を描いたもので、一級の恋愛小説に仕上がっています。結末の深い余韻が心を揺らします。
辻邦生(1926~1999)
東大仏文科卒。昭和32年、フランス・パリ大学に留学。34年、ギリシャに旅行してパルテノン神殿に接したのを機会に「強い創作衝動に駆られて」、短編「見知らぬ町にて」「城」を執筆、実質的な作家生活に入った。
帰国後の38年、長編小説「廻廊にて」で近代文学賞を受賞。死の影を帯びた滅びの感覚と永遠性の希求という独自のテーマは、その後の辻文学を大きく方向づけるものとなった。43年「安土往還記」で芸術選奨新人賞を、47年には「背教者ユリアヌス」で毎日芸術賞を受賞し、以後、歴史の転換期を生きる人物に新たな光を与え、人間存在の本質を鋭く探る独特の歴史小説を次々と発表した。
(産經新聞 99.07.30より)
実に素早く、サワナケートでの一年が過ぎていきました。
胃炎を患った一ヶ月はたいへんでした。胃がいけないということがこんなに辛いということを始めて実感しました。
フランス製のナポレオンがあまりに安いので調子に乗り、ストレートで飲んでいたこと、チリが好きで多量に食っていたのが原因ではないかと解釈しています。その時はタイの病院で胃カメラを飲みましたが、喉の奥に麻酔スプレーをしただけでカメラを入れるのです。カメラがあたる胃のそちこちが痛い。日本の胃カメラが実に優しいということも実感。
ともあれ、旨いナポレオンもラオ焼酎も止めています。
我がビートルは、ほとんど出番が無く自動車科に居ます。ブレーキマスターシリンダーを交換し、ブレーキスイッチの取り付け。なんとビートルのブレーキスイッチはマスターシリンダーに取り付ける圧力スイッチだったのです。
その後、次々と起きたホイールシリンダーからのオイル漏れのため、結局全てのホイールシリンダーを交換。その後、以前から調子の悪かったスターターのオーバーホールをしましたが、やはり調子が悪く、タイから新品同等品を購入。しかし、スターターのシャフト径とドライブギアの歯数が合いません。修理屋はすったもんだしていましたが、どういう対処をしたのか無事取り付けていました。
今回、最後までラオスを批判気味だったSV達がサワナケートを去ります。批判的ではない私は、現地のスタッフと充実(?)した仕事ができ、幸せです。
学生と共に行う作業は興味深く新鮮で、どこの国でも変わりません。怒らず、気長に、そして目線を合わせ、決して見下さないこと。
(これって、怒りっぽくて、インスタントコーヒーを水で薄めてすぐに飲む短気な私の性格修正に最適プログラムかも)。
制度上の問題点は多々あります。改善提案は機会に行うこととし、今はできるだけスタッフや学生と共に実習を行い、影響を与えられることができればと考えています。信頼され、納得してもらわなければ変わってはいきません。
現在風邪気味で体調は良くない私ですが、嫁さんは自転車のせいで太くなった足を嘆き、さらにハードにジョギングをやり、減らない体重を不思議がっています。「ミヤチャオ、ケンヘーン」(嫁さん強い)は現地スタッフの言葉。
HPなどをするようになってから小説のたぐいをほとんど読んでいませんが、若い頃に読んだ本の中で、時間の経つのを忘れるほど夢中になれたものを紹介したいと思います。
■アダルトウルフガイ・シリーズ:平井和正
最も印象深く、お勧めの徹夜本がこのシリーズです。新書本サイズで出ていました。購入のきっかけは忘れました。ハードボイルドSFです。それまでまったく興味のなかったジャンルでしたので、訝しげに買って帰りましたが、たちまち主人公、犬神明の虜になってしまいました。シリーズは現在途中中断。
続いて読んだ嫁さんもすっかりウルフ犬神明のファンになり、理想の恋人といっていました。実際、圧倒的な勇気と希望を与えてくれるウルフへ、そんな思いの女性ファンは多く、いまだに再開を熱望する声は多いそうです。ウルフガイシリーズ関連の掲示板を読むといまだに人気の高さが窺われます。読んで後悔しないシリーズだと思います。
他に、少年ウルフガイ・シリーズもあり、こちらもお勧め。こちらは1995年に完結。どちらも読み終えるのがもったいないシリーズです。
以前から、そして今も田舎暮らしに憧れる人々は多いものだと思います。私もその一人でした。
最近になっても、沖縄を始め様々な地域に引越し、最低限の収入を確保し、悠々自適な生活を送りたいという若者から、定年退職した老夫婦までを様々なメディアで見ることが出来ますし、我が家にもそのような希望を持った方が尋ねてきます。
先日放映されていたNHK、BSTVのプログラム「日本の、しょうらい」では、沖縄に移住した若者(30代、既婚)は、最低限の生活費をパソコンを使った仕事で稼ぎ、後は悠々自適な生活を送っている様を映していました。
この方に対しては、隠遁はまだ早い、社会に貢献した後で良いという方や、価値の多様の時代であり、社会が豊かになった証左であって、特に悪いことではないという意見も見られました。
(ここでは、この問題に関しては触れません)
どうして若いジェネレーションからリタイヤ組、そして私を含め、人々は田舎に住みたいと思うのでしょうか。
身近に自然に接することのできる環境下(リラクシゼーションとストレスフリー)で暮らしたい。
すべからく自分でできることは自分の手で行いたいという自家賄い願望。
簡単にいって上記の理由を思いつくのですが・・。
私は、大学生の時から田舎に憧れ、住みたいと思っていました。夏休みに故郷の県庁に出向いては各町村の市制規模資料をもらったとこもありますが、今となっては、何故田舎に住みたいと思っていたのか、はっきりした理由を思い出せません。具体的な活動プラン等はなく、単に憧れていただけのようでした。それは幼い頃に連れていかれた両親の故郷でした。そこには、刈り取られた田んぼが広がり、小川があり、母屋の端にあった夜のトイレの恐怖、ウサギやキジ鍋が臭かったことなど、少年には居心地が良いことだけではなかったのですが、私には原風景として色濃く記憶にすり込まれていたのは間違いありません。ただし、このことが田舎への移住の動機とは思えませんし、農業をして暮らしたいたいとも思ってはいませんでした。当時は工業デザインを学んでいましたから、本当に憧れだけだったに違いありません。
就職をしてから少しずつ変化していくのがわかりました。何でも自分でやってみたい、作ってみたいという生来の好奇心に加え、それまでの田舎への漠とした憧れから、田舎で家建て、田舎で家具作り、田舎で野菜作り、田舎でのエネルギーの自給等、全ての自家賄いへの興味が一層強くなっていったのです。
それは、仕事への不満、メディアで紹介される先達からの影響が大きかったと思います。実際に思いを実現している人々がいて、生活をしているという事実は大きな説得を持つものです。
ブログ用として私の田舎暮らしにつき、始めの頃の思いから書いています。
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