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  1. 2006/01/31  ナショナルフラッグのもとに (0)
    2006/01/30  去りゆくもの (0)
    2006/01/29  フレグメント オブ グローリー (0)
    2006/01/28  喧騒の影で (0)
    2006/01/26  WWOOF(ウーフ)に興味あり (0)
    2006/01/25  インテリジェント デザイン (2)
    2006/01/22  お知らせ(ビームコンパス) (0)
    2006/01/21  田舎暮らしに憧れた頃 5 (1)

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朝礼風景ここ、サワナケート職業訓練短大でも毎週月曜日に朝礼がある。
それは国歌斉唱と国旗掲揚で始まる。澄んだ青空を見上げながら、昇ってゆくラオスの国旗を眺め、少しばかり不思議な感覚になる。
この国がこうやってここに存在していること、関わってラオスの若人と共に、一人ここにいる自分の運命のことが脳裏をかすめるときである。

この国も、この国旗の下に民族が集うようになるまでに、多くの争いや戦いがあり、血が流れた。言うまでもないが、多くの国がそうやって固有の歴史をつむいできたように、ここにもそんな歴史がある。

一国の歴史を背負ってきた国旗を他人事のように眺めているのが少しばかり申し訳なくなってくる瞬間がある。そんな民族の歴史の重さに思いを寄せるときである。

この国はまだ発展途上で貧しい。我々が来て1、2年活動を行ったところで何も変わりはしないと思う。それほど短期間で変わることができるのなら、とうの昔に発展モードに移行している。変えることは難しいけれども、変わるための何かを残すために私はここに居る。

少しばかりハイコントラストな風景、時折ほおを撫でる涼やかな風の感触、そして、国旗を取り囲んでいる若者の眼差し。今朝もこの地で、私も共に校庭に立っている。

去りゆくもの

2006/01/30

本田技研工業のSL250Sは他のトレールバイクと違い、少しハイグレードなイメージがした。だからオフロードのくせに都会が似合った。デュアルパーパスという表現をしない時代である。

HONDA SL250SHONDA SL250Sは、コストを抑えた製品ではなく、「作り込まれた」という表現が妥当な製品だった。
サイドカバーがなく、右サイドはエアクリーナーが、そして左サイドはマフラーの膨張部がその部分を占めていた。そのため、どちらから眺めてもまとまりが良かった。多分それは、当時のホンダオフロードフレームデザインに共通のもので、プレスバックボーンを使用していたための機能上の都合から来ている。
ただし、当時はその機能美は理解されなかった。あるいは時代の要請は別のセグメントにあったというべきか。カラーリングが変更され、タンクが変わり、そもそもカテゴリーが違ったのに、他社の2ストローク車のようなモデファイを受け、つい(潰)えた。

適度な車高で足付き性がよく、空冷で整備性がよく、パワーよりトルクフル。メタリックで品質感が漂うSLのような製品がいいと思うようになったのは加齢のせいか(画像は本田技研工業のサイトより利用させて頂きました)。

そういえば塩化銀フィルム使用カメラの製造が著しく縮小される。ミノルタも消えたし、ニコンも撤退するそうである。デジタルがこれだけ普及すれば仕方のない状況だろう。

ドイツ製ミノックスGLという35mmフィルムを使用する強化プラスティックボディのコンパクトカメラは、デザインも洗練されていたし綺麗に撮れた。レンズは沈胴式で、カバーを開くと出てくる機構がよかった。これで撮ったプロの写真展が開かれたりしていたが、もう眼にすることもないだろう。

そのミノックスも、プロジェクターもギターもテレビもキャノンFTbも、みんな質草に使った。何度も入れ出しをしているうち、FTbで貸してもらえる金額が増えたと、連れ合いは喜んでいた。職業訓練学校で家具作りを学んでいた頃である。

現在の工業製品からは当時の機能美は失せ、全てがコモビティへ流れる。

ビートルは長い間自動車科のワークショップにいた。
首都ビエンチャンにはビートルの専門店があってメカには詳しい。しかし、地方都市ではビートルのような珍しい車両のメカニズムに明るいメカニックは少ない。
一年付き合って、根本的な修理を行うことができるメカニックがいないことを理解した。とりあえず動くようにはなる、しかし、すぐにまた調子を崩すのである。

ブレーキのマスターシリンダーと4つのホイールシリンダーは交換した。次々にブレーキオイルが洩れてきたからである。パーキングブレーキも作動するようにはしたが、アクチエーターの取り付けが悪く走行中に外れてワイヤーを引きちぎってしまった。取り付けたPブレーキは全て取っ払った。前のオーナーが、「どうしてPブレーキが要るんだい」といったことが脳裏をよぎった。「あんたの言うとうりだ。要らなかったよ」と思った。

ビートルのブレーキスイッチはマスターシリンダーに取り付ける圧力スイッチを利用する。それを知らない整備工場はスイッチは取り払っていて使えないといった。しかし、油圧ラインの分配器も圧力スイッチも部品屋で売っていた。今は車検の時にポジションランプで代用する必要はなくなった。

メカニカルヒューエルポンプの吸い上げが弱く、長く放置するとガソリンが下がり、往々にして吸い上げられないので電磁式に交換した。ただし、エンジンルームに取り付けたので温度が上がるのが少し心配。

その後、自動車科の教官から第2シリンダーが死んでいるといわれた。学校では直せないというから修理は諦めた。

購入直後から調子の悪かったスターターは、自動車科でオリジナル2つを使って1つを作動するようにしたが、すぐに動かなくなった。
その後、スターターは2つ交換した。2つ目はタイから電気関係のメカニックが日本製が合うということで買ってきて付けた。スターターのギア数はオリジナルとは違うのだが(一歯多い。つまりクランクの回転速度は上がる)、奥行きを棒で確認して取り付けた。信じられないことに巧く合うのだ。この際だからスターターリレーも取り付けた。メインスイッチへの負担が減るからである。

スターターが直ったらビートルは自宅に引き取ろうと思っていた。申し訳ないが、信頼できないのが判ったからだ。再度、自分で一つ一つチェックするつもりでいた。

前のオーナーに聞くと、全気筒とも問題なく動いていたという。急に動かなくなるはずは無いので、電気関係をチェックしてみる。なんと、ディスビキャップに刺さる部分のコードが腐食していた。全体に経年変化で傷みが進んでいる。キャップとハイテンコードを交換した。第2シリンダーは息を吹き返した。

問題はコールド時の始動の悪さだった。
点火タイミングを合わせ直し、若干進めた。最も調子のいいのが少し進めた状態だったのである。次いで、ポイントギャップも合わせ直す。

そして、アーシングを行った。ネットで効果があるというのを知ったからである。ディスビの近くなど、アースを取りやすい3箇所から直接バッテリーのマイナスを繋いだ。これは確かに効果があった。明らかにパワーが出た(いや戻った)。

しかし、始動の悪さは変わらない。
購入した時にはパイロットエアスクリューは1回転戻し程度だった。すごく濃い状態だったのでコールド時の始動が可能だったのではないかと思っている。プラグはいつもすすけて真っ黒だったから、前オーナーは1週間に1度、プラグ掃除をしていたという。

パイロットエアスクリューはほぼ正規の戻し量でセッティングし直した。それでもプラグはカーボンが付着している。これ以上スクリューを戻すとアイドルが効かなくなるぎりぎり程度まで戻してある。といっても限度以内。後は油面が高いのか?。

零間時のスタートが難しい理由の一つに、備わっているオートチョークが利かない問題があった。しかし、ここではチョークが必要になるくらい冷えることはめったに無い。アクセルを2、3度あおった後、一杯に踏み込んでスターターを回すと大抵の車は始動するものである。加速ポンプから生ガスがシリンダー内に注入されるからである。
ところが、交換したアクセルワイヤーの取り付けが悪く、フルアクセルでもキャブのリンクが半分程度しか回らない。当然、加速ポンプは作動しない。ワイヤーを張り直した。しかし、加速ポンプからはタラタラとした情けないガスしか出てこなかった。加速ポンプの調子もイマイチだったのだ。そこで20回位あおってみるが、やはりかからない。しかし、手動でチョークバルブを閉じると始動するのである。もうギブアップだ。キャブ交換が手っ取り早いと思うが、中古が無くて新品は高すぎる。

その他に考えられるのはバッテリーである。特に弱いとは思えなかったが、チャージャーを買い込み半日充電しておいた。翌朝、ビートルは手動チョーク無しで始動してしまった(点火コイルも良くないのだろうか)。

ここを直せばあっちが壊れるという状態が長く続いたが、現在、走行状態の調子は相当改善され、走って気持ちがいい所まできた。
前回は片道120Kmをようやく往復できた。今はビエンチャン500Kmの旅ができそうな気になってきている。
ビートル一年間の記録。

喧騒の影で

2006/01/28

我々は、コンペティティションモデルのような軽量、走破性能、パワーを持つモデルがいいと思っていたし、確かにそれを望んでいた。そして、少し前の競技車両のような性能を持つオフロードモデルが市場に溢れるようになった。
長いサスペンションストロークを持ち、熱ダレの無い水冷システムを装備、華々しいが、玩具のようなカバーリングが少し悲しいモデル達である。

そして、その無意味さに気がつき始めたカスタマーの要望に合わせ、クラシックタイプのオフロードモデルが市場に出回り始めた。ところが多くの場合、それらのモデルには、ほとんど何も主張が込められていないという事実を我々は理解することになる。
コンペティティションモデルへの反省点に対しての回答が、そこには何ら提示されてはいなかったし、それを置換する付加価値を見つけられなかったのである。

製品からは、製造に携わる全ての関係者の熱意と意志と自らの感動の度合いが放射されているはずである。熱意がない、理念がない、使うシーンのイメージが身の裡にない全ての製造担当者からは新鮮で魅力のある製品は生まれてはこない。各社の製品は見事に地味で魅力に乏しいものばかりであった。

そんな中、一台のモーターサイクルを再発見した。HONDA SL250S。1972年発売のマルチパーパスである。現代のクラシックタイプのマルチパーパスを凌駕する当時のホンダデザインの意欲とアイデンティティが車体各部から滲み出ている(ただし、いいのは初期型)。

それは性急な流れの中で見失われていたのかもしれない。しかし、ほとんど当時のままの状態で、今だ商品価値は落ちていないと確信できる主張、オリジナリティ、普遍性があることに改めて驚いている。魅力のある製品ができないのは企画の問題ではないことを、この製品が如実に物語っていたが、このまま忘れ去られていくのか・・。

最近タイの友人に教えてもらって知った制度です。
WWOOF(ウーフ、ウオフ)とは、Willing Workers on Organic Farms (有機農場で働きたい労働者)という意味です。

その制度を簡単に言えば、ホストである受け入れ側(農家、民泊、ペンション等)が、食事・宿泊場所を提供し、Wwoofer(ウーファー:登録をしてWwoof体験する人。働き手)が労働を提供するシステムです。
自分が持っているものをあげ、持っていないものをもらう、というシンプルな制度で、その関係に金銭のやりとりはありません。

1971年イギリスで始まり、現在、世界20ヶ国以上に事務局が設置されて活動を行っています。
ウーファー、ホスト共に事務局に登録をしてその制度を利用します。世界各国の事務局に登録すれば希望国で労働体験ができます。

日本のWWOOF事務局のサイトから抜粋しました。
これはウーファー側の思いです。
・農場で働く経験をしたい
・有機農業を勉強したい
・将来田舎で暮らしたい、その前にどんなものかちょっと体験したい
・都会から離れて、田舎で従事している人達と接したい
・多種多様の考えの人々と接したい
・長期休みを普通の旅行じゃなく、有意義に使ってみたい
・お金をかけないでじっくり働きながら色々な地方を回ってみたい
・外国を安く長く旅したい(海外でWWOOFの場合)

また、農家がホストとしてウーファーを受け入れることはかなりのメリットがあるように思います。我が部落でも人手が欲しい時期があり、老夫婦だけで作業を行っている農家もあります。ホストとして登録したらどうか、アドバイスしてあげたいと思っています。
我家では作物は作っていませんが、夏場の草刈は大変です。帰国後はぜひホスト登録をし、働いて頂ける希望者があれば受け入れたいと考えています。

詳しくは「Wwoof Japan」のウェブサイトをご覧下さい。

桜美林大学教授のブルース・バートン氏が、日本ではあまり知られていない、最近のアメリカの目立たない傾向であるインテリジェント デザイン(知的設計論)について、NHKプログラムの「視点論点」の中で紹介していました。

その考え方というものは、キリスト教的なクリエイショナリズム(天地創造論)がベースにあることは疑いないようですが、人類を含む全ての生物の精緻な構造は、とても進化の過程で獲得されたものではなく、大いなる英知が設計し現在の形として制作されたものであると考え、人類が進化によって現在に至ったというダーウィンが唱えた進化論を否定するものです。

法曹界や教育の現場では進化論を支持していますが、世論の51%が「インテリジェント デザイン」を信用しているという調査結果が出ているそうです。バートン氏は文明国アメリカで、そのような今日的な傾向について危惧していましたが、私は「インテリジェント デザイン」を受け入れる一人です。

例えば、枯葉そっくりの蛾、枝のような昆虫等を映像で見るにつけ、第三者が設計した以外、私には進化の結果とは考えられないのです。
蛾は進化によって偶然に枯葉のような羽のデザインを獲得したのでしょうか。あるいは、周りを眺め、それと同化するように長い間念じ続けたのでしょうか。私には信じられません。

ダーウィンの進化論は唯物史観です。しかし、物理学でのこの世の説明でも、現実世界はスライドや映画のスクリーンのようなもので、基にフィルムのような本体があると仮定しなければ説明しにくいと書いてあるのを読んだ記憶があります。また、多くの文学や、手塚治虫の漫画作品でも、不可視の意志を意識したと考えられるテーマを感じます。

以前「エントロピーの法則」(著者は忘れました)の中で、この法則を緩和するのは東洋思想ではないのかと書かれていた記憶があります。東洋思想の根底にあるものは転生輪廻です。転生輪廻とは、この世はこの世だけで完結するものではなく、あの世とこの世を循環しながら魂は向上(?)するというものです。

そのようなわけで、東洋人の私は、先進国アメリカでのそのような傾向について、むしろ自然で健全ではないかと思ったのです。

自作「木製ビームコンパス」アップしました。

オーディオマニアのビル・ゲイツも驚愕したという、タイムドメイン社の由井啓之氏によるまったく新しい音響理論に基ずくスピーカーは、世界でも認められつつあるということです。
直径5センチ足らず(それ以下)のフルレンジですが極めて自然に鳴るそうです。タイムドメイン mini、light、共に18900円。ちょっと聞いてみたくなりました。
以下、サイトの商品説明(タイムドメインlight)から抜粋させていただきました。

タイムドメインスピーカーから出てくる音の特長。
■遠くからでもはっきりと聞き取れます。
スピーカーから出てくる音の波形がほとんどくずれません。スピーカーからの距離が離れてもその音の波形は小さくなりはすれ、形は維持され続けます。
そのためスピーカーからの距離が比較的離れていても、聴感上音量はあまり変わらずはっきりと聞き取れます。

■小さな音でも、また騒音の中でもはっきりと聞き取れます。
スピーカーから出てくる音の波形がしっかりしていますので、小音量でもはっきりと聞き取れます。
それぞれの音の波形がしっかりしていますので、フローリングやガラス面の多いリビングでも はっきりと聞き取れます。
オーケストラを聞けば、いろいろな楽器の音が分離良く聞き取れます。

■英語の発音もはっきりと聞き取れます。
口の開き方、舌や歯の動きや位置までわかりますので、今まで聞き取れなかった英語の発音もしっかり聞き取れます。

潤沢な資金を持つ方は別にし、私は田舎移住は空き家が最適と思っています。これは日曜大工が好きで、改造が苦にならない私の性格にもよりますし、自分で新築する資金も体力もないという理由からです。

また、改造してもとても住める状態にはならないと見えた物件が、プロの大工の手によって新築状態になった例をわが町で見ました。部落の新築の手伝いで棟上の大変さを知っている私は、取りあえず本体があるだけで作業は相当楽に思えるのです。

私の住む町には現在空き家はほとんどありません。多くの移住希望者が来ているのも原因の一つです。人口は微減状況ですが、限界集落とはまだ縁遠い状況のように見えます。しかし、様々な村や町では多くの空き家があり、これまでにもその多くを目にしてきました。
リタイヤを控え、自家賄いが好き、大工仕事が好きな田舎志向の方々には打ってつけ状況には間違いありません。

脱都会派の方々が移り住むことは過疎防止になると思いますが、住んで大変なことは、田舎の旧習です。開墾や稲作に伴う、共同作業の歴史が共に行動するという体制を作り上げたのでしょうが、これをアクセプトしていくのは我々には少々辛いことでした。地元の方から見れば、新参者の移住者が従うのが当然だと思うのは理解できますが、仕事が違うと話題もかみ合いませんし、酒も飲めなくなってくると返杯の嵐はたいへんです。

田舎が移住者の価値観を受け入れ、多様性を認めるようになるのはなかなか難しいことだと思います。
しかし密な付き合いを避けても、地域を共に守っていくという思いは移り住んだ方々も同様なはずですし、地域の高齢化が進んでいますから、緩やかな共同意識や共生感、あるいは人間性からくる助け合いや思いやりの関係は必ず成立すると思っています。
そういう部分がなければ一生田舎に住むのは難しいかなと思います(押し付けではなく、少しそう感じただけです)。