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/052006
「車は単なる移動手段」44%(注1)。
この調査結果を見て若干嬉しく感じた所もある。
ようやく日本の消費も成熟段階にきたと思ったし、「たかだか車だろ」という思いを世の中と共有できるようになった(少し傲慢)。
しかし、おそらく多くの方々が感じていたように、この傾向は、暫く前から確実に顕在化してきていた。
近年、コンピューターを用いた制御技術が向上し、CAD・CAMの利用が進んで、金型が安く早く、また複雑な3次曲面形状が容易に加工できるようになり、先ずラジカセあたりが急速に玩具化した。試作屋の友人は、形状が複雑になってきて加工が難しく、納期が取れず単価が低いと嘆いた。
その時、私は近い将来オートモビールも同じ運命にあることを予感した。
ライフスタイルの多様化、消費者ニーズへの対応の必要性が叫ばれ、競って様々なカテゴリーへ多くの車種が投入され、さらに開発期間を短縮して市場ニーズとのタイムラグを少なくしようとしてきた。
技術革新によって高張力鋼板の成形性がよくなり、マシニングセンターの進歩で複雑なデザインの外皮が容易に早く、そして、軽くて燃費の良い車が安くできるようになり、目先を変えた多くの車が市場投入された。その結果、日増しに新車効果が短縮化され、系列が意味を失い、最後に消費者はコトの無意味さを悟った。まさしく、オートモビールがシンボルからコモビティ(日用品)へ衣を変えた時代。
今後は、本当の車好きがエキサイティングな車に乗れる時代?。ファラーリや新型ブガッティはいうに及ばす、アメリカなどで極少数のために作られているモスラー MT-900Sや、サリーンS7等の超弩級スーパーカーを、日本でも、デイトレードで儲けた連中が購入するかもしれない。
我が、SUBARUサンバートラックは現在13年目に入り、現役活躍中。いたって元気。勿論単なる下駄代り、運搬車両でコモディティの典型だが、結構気にいっている。
注1:ガリバー自動車流通研究所レポート「クルマはなぜ売れなくなったのか?」(調査は2006年5月)から。調査項目「自動車に対する関心・興味は下記のどの項目が最も高いですか?」の中での第一位の項目。ちなみに第二位は、家族・友人と共にくつろぐための時間(17%)。
マレーシアにいる頃、KL近郊のショップで見たのが最後だから3年近く前になる。イケアはインテリア全般に関する商品を取り扱ってたから、日本でのコンペティターは、「無印良品」だと認識していた。
結構広い店舗で、いつも大勢のお客で賑わっていた。インテリアも洒落ていてセンスのいい商品と良く合っていた。
ここで私は、チェストとセンターテーブル、ウィンザータイプのボウバックチェアーを購入したことがある。
どれも全てノックダウン方式で、チェストは見かけは良いデザインだったが、金具を多用し、徹底的にコストダウンを図った作りだった(悪いというつもりはまったくない)。若いカップルが新居用に購入するのに最適な価格、意匠だと思った。
専用金具が多く、それが様々なデザインを低価格で商品化するのに役立っているという印象だった。ちなみにボウバックチェアーは座から上が組立て済みで、脚をネジ、金具を使って組み立てるようになっていた(接着剤は使用しない)。
また、地元の素材を積極的に活用していて、椅子の座面やカーペット(というかゴザのようなもの。これも気に入って購入)として商品化されていた。
そういった家具だったから、一般の家具(店)とは多少セグメントが違い、強いて言えばイノベーターと重なるかなという印象だった。
当時は、「無印」がヨーロッパへ進出し、結構な人気だという記事に触れた事がある。良いものを安くという姿勢、コンセプトでは非常に近いと思うが、商品のデザインレベルは無印よりもイケアのほうが勝っている印象だった。
日本再上陸を果したイケア。どのような戦略と商品を用意しているのか。今の私には知る由もない。
画像は地元のケインを座面に用いたサイドチェアー。全国技術短大展に出品するために制作した。よくあるデザインである。時間がないために作りやすくアレンジした。
これをKDにしたような椅子がイケアには多かったといったら、失礼か。
大塚家具と前後して高島屋も覗いた。久し振りだが、作り手として、家具売り場や展示場に行くのはいい。足を運ぶだけ、新たな情報に出会える。
例えば、日本に再上陸したイケア。チープだがセンスのいい家具、インテリアプロダクトを扱っている。シンプルで品のあるデザインには、デンマークの長いデザインの歴史が伺われる(何事も一朝一夕にはいかない)。
多分現在もそうだと思うが、イケアの家具のほとんどはノックダウン式で、購入して自分で組み立てる。気の利いたセンスは実際に見てみなければわからないものである。
ちなみに、マレーシアでイケア製品を製造している工場の品質管理への取り組みは、他の中国系工場より一ランク上だった。
高島屋では、シンプルなウィンザースタイルのサイドチェアーとテーブルセットが目を引いた。同時に、同じメーカー製で、ソリッド材を主に使用する家具工房スタイルを意識したような製品も展示してあった。デザインもOK。作りも丁寧。そして、価格は実に安い。さらに、仕上げはオイルフィニッシュである。
製造は柏木工。デザインはクラハウスの岩倉榮利氏。こなれている訳である。Takayama Wood Worksというシリーズである。
我々の出る幕がなくなる?(前回書いたので、ここではこれ以上言わない)。
民芸家具も置いてあった。古くからウィンザーチェアーを作っている老舗の製品。明らかなイングリッシュスタイルのウィンザーである。かって英国の職人が技術を伝えたのか。しかし、フロアーの片隅で、多少さえない。ウィンザーを愛する私としては多少寂しい。
ついては、色。塗装。デザインの3点が飽きられているように思える。あの濃い民芸色であるが、素材の違い(座は樺、曲げパーツは楢のようだった)をカバーするには濃色が必要で、特徴としているのは理解できる。しかし、いかにも古い。次にウレタン、もしくはUV塗装が厚くへヴィーでナチュラルな感じが乏しいのは時勢に逆行。さらに、伝統的なスタイルは非常に大切だが、多少モダンにアレンジしたシリーズも在っていいと思えた。古くから良い技術を持つメーカーだけにこのままでは勿体ない。
余談だが、以前みたこの会社のアームボウはフィンガーで繋いだもので、曲げではなく落胆したものだが、これは曲げたものだった。もしかして売れ残り!?(失礼)。
何れにせよ、このようなトピックは他人ごとではない。
私が出向いたのは某高島屋だったが、大塚のほうが生き生きとしていた。百貨店も苦労している。ジェネラルが見放され、スペシャルが評価される?。これも時代のトレンドか。巷ではスペシャリストと目される、工房家具屋の目指すところは何か?。
しかし、もがきながらも納得してもらえるスペシャルな家具を作り続ける家具工房に今後も期待してくださいますよう。
(何だか工房家具屋協同組合の年頭挨拶のようになってしまいましたが、そんな団体は存在しません)
一時帰国の折、「タイムドメインmini」(画像)を購入した。タイムドメインについては、以前に、このブログでも若干触れた事がある。
音は時間とともに最初の性質や成分、あるいはその形が変化したり、欠落したりするが、これらを起こさせないように、音源からの音を100%引き出し、ありのままに再現しようとするのがタイムドメイン理論であり、「タイムドメインmini」とは、それを具体化した小型スピーカーである。
風評だけ。試聴もしないままの購入だったが、音は一般的な評価のように、定位がはっきりし、鮮明。不思議なことに遠くにいてもはっきり聞こえるのでボリュームを上げているのかと思ったが、そうではない。そしてボーカルが実にいい。何より、疲れない音を探していた私には最適なスピーカーだった。
また、アンプが内蔵されているのでヘッドフォン端子につなぐと、すぐに聞く事ができるのも手軽でいい。
以前私は、オーディオメーカーに勤めいていたこともあり、スピーカーや真空管式プリアンプを自作した事があった。最近ではオーディオへの興味も失せ、全ての機器を処分して必要なときにはCDラジカセのスイッチをひねる程度だったが、このスピーカーのことを知り、聞いてみたいと思った。
タイムドメイン社の由井社長は、以前長い闘病生活を送った。その時に癒されたのが音楽だった。そして、そのような心を和ませる音作りを始めるが、思う音が出せなかった。そんな中、それまでのオーディオ理論に対する疑問を抱き、発想の転換が既成理論をうち破るタイムドメイン理論として結実した。そして、その理論を具現化するため、睡眠時間を削ってまで膨大なエネルギーを投下したのである。
その後、会社を設立して開発を続けるのだが、研究開発費が続かない。その窮地を救ったのは、彼の理論によって生み出された「音」自身だった。
何の実績や担保もない会社へ、銀行の支店長は試作品の音を聞いて本物であることを確信し、上司を説得して融資につながったという。
彼が多くの協力者にめぐり会えたのも、一途な信念と姿勢のせいである。私も、由井氏の姿勢に共感し、彼の理論を体験したいと思ったのである。モノ作りに携わる者の揺るがない信念と熱意は人の心を打つ。
画像はタイムドメイン社より許可を頂いて使用しました。
東京で久し振りに家具店や家具売り場に行った。参考のために、日本の家具カタログをラオスに持って行こうと思っての事である。
どうせ行くなら、日本最大の売り場面積を持つ大塚家具有明店を考えた。しかし、往復に要する時間もあり、広すぎて疲れそうな予感もするので、その日、都合のよかった新宿店に入った。
店内に入るとカウンターに誘導されて何かを記入するシステムになっているようだが、いささか煩わしい。私は、誘導員に単に見るだけで来たのですと申し述べると、取りあえず案内パンフを渡され、店内閲覧(?)を許可された。
客の多さに先ず驚いた。広い商談コーナーの各テーブルでは、若い二人連れから熟年夫婦まで、多くのカスタマーが、見積り、デザインの相談、果てや設計図面を広げて商品選択まで行なっている。従来の家具屋では見たこともない光景である。熱気、活発、繁盛、意欲が伝わる。これが大塚家具の底力かぁ。などと少し唸った。
バブル崩壊期でさえ日本の年間住宅着工件数は百万棟を下らない。テーブルセットなどは、多くの場合新調するだろうから、不景気な時期でさえ凄まじい数の家具が売れているのである。大塚は、そんな多くの需要と客を取り込むことができたのだ。しかも、国内最低価格保障制度をパンフレットには謳っている。安い家具店の価格に合わせるのである。
全9フロアーのうち、テーブルセットを主にしたリビング&ダイニングのフロアーが5フロアーを占める。主な売れ筋である。その中でも、カジュアルと分類されたリビング&ダイニングのフロアーにある商品の安さとデザインレベルには少々驚いた。
とにかく安い。そして、多くの椅子は、単に安いだけではなく、そこそこのまとまりを見せる。デザイナーを抱え、製造はアジアなのだ。
ひと昔前の東南アジア製家具は、ほとんどがラバーウッド製だった。安ければ良かったのだ。その後、甲板(天板)と脚は北米産のオークやチェリーに代わり、目立たない部材にアジア材を用いるようになった。所が、今回見たのは、外観部材のほとんどに北米材を用い、ラバーウッドは見えない部分に使用されているだけだった。そして、デザイン的にもモダンでシンプルである。これは売れると思った。
高い工房家具を買う理由はないではないか。
次に、無垢材を扱う工房家具テイストの製品を多くみかけた。暫く前からこの傾向はあるが、ここでも一定の商品割合として確保されている。需要があるのだ。そして、こちらもこなれたデザインである。
さらに驚いた事に、塗装仕上げされた無垢の広い一枚板もある。材料はトロピカルウッド。価格は8万前後。脚としての木製フレームも用意されている。無塗装でオーダーし、自分でオイル仕上げをすれば落ち着いたものができる。高価な工房製厚め一枚板テーブルを買う必要はないではないか。
家具製造はローテクだから、企業の参入は比較的容易である。単品が大量に売れる時代ではないし、投資を回収するため、アジアのメーカーでも少ロットで製造してくれる。ベトナム、旧サイゴンにある家具メーカーの担当者は、一品でも図面を渡せば作るといった。
元問屋のニトリも大型小売店を始めて久しい。大塚のオリジナル商品も益々増える可能性がある。さらには、小規模なデザイナーズブランドも増加していくに違いない。ビジネスチャンスはインターナショナルファニチャーフェアにブースを借りて掴むのである(すでにそういう方も存在する)。
高級品も扱いながら、品揃え豊富、廉価品も多く、しかし、家具の品質を低く感じさせない店内の雰囲気、それでいて敷居の高くない大塚は多くのカスタマーが入るのだと思う。
(工房家具屋は何処へ ― と頭をよぎるものがあった)
*
余談だが、ジョン・ケリー(注1)のサイドボードなどが2、3点展示してあった。実は、マレーシアにいる頃、彼の家具はマレーシアの工場で作られているという事を知り、訪ねてみたくてかなり探したが、所在がわからなかった。高級品として売られている彼の家具のマレーシア製クオリティと、QCを確認したかったのである。
展示品のサイドボードもフレーム構造だった。そのため、材料が二重になる部分があり、自重も相当なものだった。クォリティはまあまあ(それほど高くはないという印象)、ただし、マレーシア製ということを考えれば良いほうかもしれない。値段もそれなり。彼の製品を見ることができたのは幸運だった。
注1:John N. Kelly:NY在住、建築家、家具デザイナー。フレームを主構造(注2)とした箱物のデザインが特徴であり、チェリーを用いたシンプルな家具デザインは、どこか日本的でもある。
注2:先ずフレームがあり、そこに各パーツを納めていくというような概念を持つ箱物。フレームに各ユニットを入れ込むと言えば理解しやすいか?。工業手法の機能美を伝統手法と融合させ、新たな機能美を得るという試みは理解できる。
相変わらずエンジンのかかりが悪い。雨季対策で購入したが、去年の雨季を自動車整備科のワークショップで過したビートルのエンジンである。
オートチョークが作動しないのは分っているが、ここラオスではチョークを使わなければならないほど気温は下がらない。寒くても、アクセルを2~3度踏み込んで加速ポンプ作動させ、燃料を送りこめばエンジンはかかるはずである。所が、2~30回踏み込んでもかからないし、プラグも湿ってはいないのである。これは加速ポンプの不調に違いないと思っていた。
日本に帰る途中、ビエンチャンのビートル部品専門店に立ち寄って相談した。
部品屋の親父は、布にゴム引きした3センチ角位の部品を取り出してきて、これが「へたるか切れるのだ」といった。そのダイヤフラムのような部品が、アクセルペタルによって押され、ガソリンを押し出すのである。
先日、キャブレターを取り外して確認した。確かに部品はへたっていた。これでは押されて作動しても、へたり代があるのでガスは送れないと思った。
念のために、息を吹いてエアーが送れるかどうか確認。エアーは行かなかった。何と、マニホールドに出ている細いノズルの先端が詰っている。これではガソリンは出ないし、そのために圧力がかかりすぎて、余計にへたったに違いない(ノズル:画像左。何かの流用?。糸を巻いて(!)取り付けてあった)。
ノズルは簡単に取れた。しょうがないので、取りあえずノズルを取り外したままキャブレターを組み付けた。今度はガスが出すぎるに違いないが、エンジンがかかる可能性は高い。
2~3度アクセルを煽って始動。?。かからない。プラグは?、濡れていた。しかし、加速ポンプは間違いなく生きかえったのだ。
夕刻再度トライ。1度アクセルを床まで踏み込み(生ガスが入る)、そのままの状態で ― つまりエアーの割合を増す状態で ― イグニッションキーを回す。
始動した!!!!。
翌朝、同じようにしてイグニッションキーを回す。一発始動である。ようやく長いトンネルから抜け、胸のつかえが取れた。
今年の雨季は使えそうな気配ではある・・。
ラオスに帰ってきた早々、全ラオス技術訓練短大展が待っていた(実はこのイベントに間に合うように帰ってきたのであるが)。
このイベントは毎年開催されていて、全国の主だった訓練校が参加する。今年はラオス中南部のカムワン県タケク市にある、カムワン技術訓練短大が会場である。この短大はドイツが援助を行っていて、校舎も実技も非常にレベルが高い。
木工のワークショップには、木工機械室、組立室、工具保管室、学生用工具保管室、塗装室、研磨室、材料保管室、実習用レクチャー室、教官室、乾燥室(別棟)、サイクロン式集中集塵装置があり、実習場の配置、設計には木工の専門家が携わったのは明らかで、日本の援助と違い、単に入れ物を作るだけではない行き届いた配慮が判る。
余談だが、ドイツは職業訓練に関しての援助に熱心であり、校舎から訓練と、長期に渡って援助を続けている。サワナケートの木工の教官も長短期に渡って交代で彼らの施設で講習を受ける。私にとっては首根っこを押さえられているようなもので、何とも歯がゆい。
教育に対する援助の場合、長期的な視点と活動が必要であることは改めて言うまでもなく、日本の援助に希薄な部分である。
教育分野での長期援助は、言葉は悪いが文化的植民地化 ― もっとも今日では将来的な互いの発展のための協力という表現を採るが ― その戦略、指針が在るかないかであろう。
誤解を恐れずに言えば、文化や科学技術の面で他国に影響を与えられる事は想像以上の効果がある。衰退傾向ではあるが、英国は今だ尊敬の対象国であり続ける。
ラオスで我校がナンバーワンだというドイツ人スタッフの誇りに満ちた態度は口惜しく、日本の援助の方法を寂しくかえりみたりする。
しかし、今回私達はこの展示会に合わせ新作を持ち込んだのだ。ラウンドトップテーブル、ウィンザースタイルのサイドチェアー、地元産のケイン(藤皮)を用いた座張りのサイドチェアー等である。カウンターパートを始め、木工スタッフも良く動いた。
ウィンザーサイドチェアーとテーブルのセットは見事に受けた。そして、嬉しい事に教育省のナンバー2であるドクターが買ってくれたのである。
評価されたのは、このタイプの椅子をラオスではほとんど見ないからだと思う。
また、この椅子の制作を決めた理由は、ある意味で比較的簡単に作る事ができるからである。ある意味でというのは、極端に言って旋盤とドリルがあれば形になるからであり、資材の乏しいラオスに合っていると考えたからである。
どこかのローカル空港の風情のヴィエンチャン国際空港。街は他のアジア諸国に比べると相変わらず静かでのどか。しかし、首都は日本等の支援で整備が進み、観光客は確実に増えている。発展は必要だが、このおっとりとしたラオスの良さは何時まで続く・・。
首都ではラオスビール(ビアラオ)の「生」を提供するお店も増え、最近リニューアルされたビアラオラガーの生は実に実に美味で、高尿酸値もすっかり忘れるヴィエンチャン幸せの瞬間。
翌、早朝慌しくサワナケートへ。バスは生憎のやや小ぶりのタイプで網棚もなく、2つのバックパックは足元に。当然乗車姿勢は実に窮屈。エアコンはあるがパワーを食われるせいか走行中は作動させてはくれない。
首都をかなり離れるまで、パン、串焼き、飯、ジュース等の物売り、昇降客の乗り降りで慌しい。時にはバスは停留所で長い間留まる。これはローカルバスの一般的な風景であって、ここラオスの正しい旅情であるので、決していらいらしてはいけない。すみやかに諦念し、他の地元の乗客に習い、ときどき滲み出す汗をぬぐいながら静かに流れに身を任せるのである。
途中のタケク市で30分の昼食をはさみ、8時間かけてサワナケート到着。バスはさらに数時間かけて南端の都市パクセへと向かう。
(参:パクセには珍しい川イルカが生息するが、乱獲(?)によって数を減らしているという。きちんと確認したわけではないが・・)
明後日からはタケク市で開催される全国技術訓練校展に参加するため、明日はその最終準備である。サワンは実に静かで心地よい空気に満ちていたが、我々はもう少しあわただしいのである。
(注:今現在、訓練展は無事終了し、サワンに戻ってこれを書いている所)