発展の速度は遅く、その兆しは希薄だが、ここサワナケートは実にのどかで平和である。多くの家庭では、夕刻、庭先に置かれた台の上でおしゃべりをし、涼を取る。
体制のせいか、貧しいせいか、家族親戚一族の相互扶助の思いが堅く、互いに、生きるために融通し合う。
未だ、深く生活に根付いている仏教精神に裏打ちされた、持てるものが持たないものへの施しは、極当たり前のことである。だから、富める国々からの援助は当然(失礼、おそらく)のこととして受け止められている。
最近ラオスを去ったJICAオフィサーは自問する。ラオスは本当に貧しいのか?ラオスに変化は必要か?と。
ラオスへの援助について、ここでは触れない。しかし、公園では子供達が伸び伸びと遊び、同伴の親達が幼児犯罪に対しての無頓着さを見ると、何が幸せかを思う。
ラオスでは、日本は憧れの国である。日本行きが叶った一部の公務員の幸せと期待に溢れた喜びは大変なものである。
今日の日本の、子供に対する虐待や犯罪の発生は尋常ではない。
老人ホームでは、動く事のできない無力な女性が看護士からセクハラの被害にあったことが、娘の努力で明かになった。相当ひどい事が行なわれていると、コメントを行なった学者はいう。その事実を知っているなら、あなたもその分野の専門家の一人として、もう少し改善の努力をせぇと怒鳴りたくなった。
ラオスの人々よ。あなた方が行きたい、住みたいという日本はこのような国へなった。もちろん、今だ親切で人の良さという国民性は絶えてはいないが、ここには我々が失って久しい古きよき日本と同じものが、今も息づいている。
さまざまな刺身を楽しんでいる。日本から空輸されてきた高価なものではない。サワナケートの朝市で売られている鮮魚の刺身である。
油っこい料理が好きなせいか、日本料理がなくてもそれほど苦にはならない。ただし、刺身は別。たまには食べたい。カワハギの肝、生タラコ、大トロ、ホタテ、関サバなどとは言わない。新鮮でさえあれば良い。
航空路が廃止されたので、バスで8時間かけて首都ビエンチャンに行けば日本食レストランがあるので、刺身を食べる事はできる。ただし、取りあえず刺身ではある、という程度。だから自分から日本料理屋に出向くことはない。しかし、ここサワナケートの刺身は違うのである。
実は、魚はベトナムから来る。ここから国境まではそれほど遠くはない。ベトナムの東シナ海で獲れた魚が直送され、夕方や早朝の市場に並ぶ。5、6時間で来るのではないかと思っている。
最近、魚屋が2軒増え(といっても半間ほどの出店)、様々な種類の魚が来るようになった。鮮度もいい。鯵、鰯、鰹、鯖は分るのだが、他は見たことがない。
最初は、わかり易いアジ、イワシ、カツオ系を買っていた。刺身やたたきで食べる。そのうち、正体不明な、しかし、新鮮なものを買いはじめた。なかなか旨いものがあるのが分った。馴染みがないだけである。
そして、遂にハマチに出会った(いや、正確にはハマチ系)。頭は鯛のような形をしていて、胴体は鯛を2倍くらいに引き伸ばしたようなバランス、ウロコはなく色は黒鯛系。不気味といえば不気味。見たこともない姿形であるから味の想像などできない。しかし、味はハマチ、ブリ、カンパチ系だった。脂も乗っている。新鮮で美味だった。
白っぽくて少し赤みがあり、ウロコがあった魚は、完全にアジそのものだった。
イカ、エビはいつでもある。新鮮なイカのバター焼きもいいが、コレステロールが少し心配。
新鮮な魚は何時でも買えるわけではないが、手に入った日の夕べは、昇天のひと時が味わえるのである。
画像は今朝(2006/8/6)に撮ったもの。この記事をアップした日の朝市には、ほとんど魚がなかった。当然、今日の夕べは至福の冷たいビールが待っているわけである。
ソニーマビカを向けると、売り子のベトナム系のお姉さんは、実に嬉しそうに微笑む。