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/102007
近くにビール工場ができて暫くなる。
ご存知のように作りたてビールの試飲ができる。ビール好きの私としては一度は試飲をしたいと思っていた。
結構混んでいた。遠くからも多くの見学者が来ている。
勿論、試飲だけができるというものではない。工場見学の最後に試飲ができるというシステムである。
30分毎に見学はスタートし、全工程はおよそ1時間。説明の映画10分、工場見学20分、試飲20分というスケジュールで、試飲は1人3杯まで。グラスは小ジョッキ程度で、小さなおつまみ付き。飲めないドライバーなどには、ジュース等も用意されていて、至れり尽くせりなのである。
綺麗なお姉さんが鼻から抜けるような裏声でテキパキと説明し誘導していく。あっという間に試飲にたどり着くから、飲むのを目的に来ているせっかちなおっさんでも退屈することはないのだ。
試飲のための部屋は3つ用意されている。我々の部屋ではヱビスビールが用意されていた(部屋によってビールの銘柄が違うのかもしれない(未確認))。
隣の席のおっさんはくーっと一気飲みに近い速度でグラスを空けると、すかさずお替りに行き、立て続けに3杯飲んで退席した。素晴らしい飲みっぷりに唖然とする。
ビールの規制緩和以前から、町の有志で地ビールを作る活動をした私には、規制緩和の数値が価格的に競争力を剥ぎ取った実に姑息なもので、実質的に緩和以前の状況と変わりないものであることを呪った。(その後全国各地にできた地ビールが衰退していったのはご承知のとおり。我が町は地ビール参戦をギブアップしたが、正解だった)。
メジャーメーカーの製造ラインを少し複雑な思い出眺めた。
出来立てのヱビスは少しフルーティで実に旨かったが、我々日本人にとり、マイクロブリューワリー(小規模ビール醸造所)からの、様々なタイプの個性溢れるビールを飲む可能性がほぼ完全に潰えたからである。
その後、夕刻や雨上がりには刈払い機のエンジン音が響いている。嫁さんがせっせと草刈にせいを出しているのだ。WWOOFERは必要ないではないか。
刈払機だが、今まで、暫く使うと息つき現象が発生していたが、前回、ヒューエルフィルターを交換してから無くなった。
汎用シリコンでシールをしたキャブレターインシュレーターは、現在まで漏れはない。取りあえず快調。
エンジンチェーンソーは、立ち枯れたクルミの処理に大活躍。ただし、チェーンの素人研磨が左右で均等ではないので、真っ直ぐに切れない。
温まるとスローが効かなくなるが、調整が面倒だからスロットルを煽りながらクルミ処理の作業を終える。
チェーンソーは久し振りだし、クルミの幹は結構太かったので、ビビリながらの作業だった。人を切らないよう、地面を切らないよう、バーを挟まないよう・・。
スバルサンバートラックのオートチョークは今の気温でもほとんど効かないが、エンジンの掛かりが特別悪いということはない。エンジンは快調そのもの。
スバルサンバーを使っている赤帽の方に、どの位乗るのか聞いてみた。一つ前のサンバーのときは、プロパン仕様で40数万キロ乗ったが、ガス関連装置の故障が多く閉口したとのこと。そのため今回はガソリン仕様にしたそうである。30万まではほとんどトラブルフリーとのこと。
(編注:赤帽仕様車は一般車両とは違い、耐久性を増した造りになっているという記事を読んだことがある)
現在の住まいに、古い農薬がある。無論、我々のものではない。
困って、ある農業従事者に処分の方法を尋ねた。曰く、大水のときに川に流せという。大層驚いたが、川に棄てるということは一般常識のようなものなのだ。農薬に関しては定かではないが、永い間、そういう認識がまかり通って来た(最近はかなり改善されてきてはいるが)。
とても農薬を川に流せるものではないから、永い間そのまま保管してきた。たまたま、同じ方に、再度尋ねる機会があった。今度は、山に穴を掘って埋めろという。呆れた(ただし、川に流すことはまずいという認識には至ったのかもしれない)。
人手に渡すことが恐ろしいので、引き続き我家で保管している。
随分以前から、JAには相談しているが、長期不在のせいもあってか、現在まで処分のタイミングがない。以前に相談したときは、年に1度、回収日があるということだったが・・。
低農薬、無農薬を気にする消費者や、産廃の不法投棄が問題になることは多いが、余った農薬の処理に関して問題になることはほとんどない。
多くの農薬が、農家自身の手により、不法に、あるいは無造作に投棄また焼却処理されてきた可能性は高い。
中山間地では、地域活性化のため、農家民泊やグリーンツーリズム、自然学校などの取り組みが行われている。田舎や自然を売りにする前に、地方自身の手によって、自然環境を破壊するゴミの不法投棄への啓蒙や、農薬のまっとうな処理をキチッとやるべきだと思うのだが・・。
内容については前回書いたが、外部の訪問客として見本市に対する率直な感想を述べたい。
1.タイトル
10月3、4日はバイヤー向けの見本市である。所で、この見本市の名称がわからない。バイヤー向けのリーフレットの裏表紙の日本語タイトルは「大川家具 秋の見本市」となっている。表紙タイトルでは、同じ大きさで、「International Asian Furniture Exhibition OKAWA」「The Future Furniture in Fukuoka 2007」「OKAWA Furniture-Fall Exhibition」とある。他の文章ではFF展と書いてあるから、2番目のフィーチャーファニチャー展が本来のタイトルなんだろう。しかし、裏表紙の日本語に対応するのは3番目である。外人に紹介する場合、どういえばいいのだろう。シンプルで一言で表現できる名称が必要では。
2.国際家具フェア
バイヤー向けのリーフレットでは、表紙にもインターナショナルが謳われ、見開きの左側が英語表記になっている。ということは、このフェアが外人バイヤーもターゲットにしているという印象である。つまり、輸出を視野に入れていることである。
所が、東南アジアのメーカーとの輸出競争を視野に入れた場合、価格とクォリティのバランスや輸出対象国のイメージが商品から見えてこないと感じた。つまり、価格では負け、デザインや品質で抜き出た特徴がない商品に、どこの国のバイヤーが興味を示すのだろうかと、余計な心配をした。
(後日、このフェアの活性化のために、国際化を進め、外国からのバイヤーと、出展を増やしていく方針だと聞いた)
3.賞の氾濫
多くの家具(あるいは家具ブース?)が、様々な賞を受賞している。賞の氾濫と乱発。この乱発による賞の価値低下を主催者は自覚しないのだろうか?。前近代的な習慣がもたらすモラルの低さの象徴に映るのだが。
4.技術
国際化を視野にいれ、この地域の技術を謳うのは当然だろう。そして、会場には工房家具のような無垢材を用いた家具が多数出品されている。しかし、無垢材の使い方を理解していない商品が多いことに暗然とした。
例えば、木目と平行に入れられた「楔(くさび)」、木材の収縮を無視し、表面から木ネジで止められた座面等々。技術を謳いながら、技術の無さを披瀝している。
5.対応
各ブースの担当者が、「いらっしゃいませ」ということに、驚きを隠せない。これは、小売店舗が集合したという認識からきているのか?。フェアは、新しい試みの提案であり、出展者とバイヤーは対等な関係であるはずである。そこからくる、誇りをもった双方の関係。他の国際フェアはそのような「場」であるが。
フェアの印象を簡単に述べた。家具産地大川が活気を取り戻すことは、我々の願いでもあるが、それは地域の自覚と熱意、自浄作用によるのだろう。
ただし、今は自分自身のインプルーブが先決優先事項。
「大川家具 秋の見本市」を見る機会を得た。
率直に言って会場の雰囲気は、あまり熱気を感じなかった。会場の各ブースも、そして置かれている家具達もである。
以前見たマレーシアの国際家具フェアの熱気には比べようも無かったが、日本の地方都市の見本市と比べることが酷なのか?。あるいは、衰退傾向にあるこの産地の状況が投影されているせいか?。
ヒカリものが目立つリビングセットが沢山あったが、魅力を感じるものはあまり無かった。シンプルな家具を揃え、モダンな仕立てのブースは幾つかあった。そんなブースはアベレージかもしれないが、家具屋の奥まった通路のように見えるブースには魅力はなかった。まるで、付き合いで出品しているようだ。
家具に興味のあるカスタマーであれば、このフェアに出向かなくても、近くの大型家具ショップに行けば済むだろう(つまり、フェアとしての提案が少ないのだ)。
家具工房が製作しているものと同じような、無垢材の家具をメインにしたブースが多いことに驚いた(この傾向はかなり以前から出ているが・・)。
メーカーは家具デザイナーを使っているので、デザインもこなれており、価格も工房家具よりも安い。逆に工房家具が、安物産地として知られる(失礼)大川の商品の付加価値を上げる一助になっているのではないかと穿った。
テーブルウェアなどの小物類はセンスもよく、工房製よりもレベルは高いと感じた。
広くて厚い無垢材(耳付き)に脚を付けた、ほとんど工房仕様のテーブルが意外に安い!。「家具工房よりも、このメーカーにオーダーしたほうがいいじゃん」という印象。
メーカーも生き残りに必死だから、無垢材を主体にした家具にトレンドを認めるとラインナップする。家具産地大川も厳しい状況であるし、家具工房が生き残ることも大変である。
個人的に、初代アウディTTクーペは驚きだった。造詣に対する久々の感動があった。
シンプルでありながら、主張が明確でダイナミックさと斬新さを備えたフォルムだった。
判りやすい造形を持ち新しさを備える。
これを表現するのは難しい・・と思う。奇をてらい、小手先に走ると全体とのバランスが壊れ、基本とするイメージや概念がボケる。
理解し難い造形やフォルムは、ときに、隠し味として長持ちをするデザインのキーとなるが、市場に理解されなくても困る。
やはり、形を生み出す側のロジカルな思考の積み上げが必要であり、イメージの醸成と造形上の矛盾点を潰していくためには時間が必要なのである。
欧州車に肩入れするわけではないが、それらは判りやすい造形を持った、シンプルなものが多く、そこに、新奇性や新しい解釈が存在し、かつ飽きないデザインを目指していることを感じさせる(このコラムで繰り返し述べてきたことだが)。
所で、造形においてロジカルな思考の積み上げとは何だろうか?。
形や面の構成における矛盾点の克服とは何か?
そもそも、面の構成における矛盾点とは何か?
ある面の構成において美醜の違いはどこから来るのか?
何故、国や民族や時代を超えてほぼ万人がそれを共通認識として持つことができるのか?
絵画、音楽、文章も含め、不思議なことに、人類には美しいものに対する共通認識がある。それがどこから来ているか判らないが・・。
話は変わるが、第62回フランクフルト・モーターショーに出品された、Citroen社のディーゼルハイブリッドのコンセプトカー「C-Cactus」にも共感を覚えた。
フロントバンパーにヘッドランプを組み込み、フロントフードを開ける必要をなくすため、エンジンオイルの交換などのメンテナンス用のフラップを備え、エンジンフードと左右のフェンダを一体化。
エアコンを装備することでウインドーを開ける必要をなくし、ウインドーの枠と開閉機構を削除。ドアパネルは、通常ハッチバック車では12の部品からなるが、C-Cactusでは2つに統合している。
内装ではメータハウジングをなくし、メータなどの機能をセンターコンソールとステアリングにまとめることにより、内装のパーツ数を200点強とした。これは通常のハッチバックに比べて半分程度である。
このような、環境に対する徹底した提案と、車体のフォルムに共感したのだ。判りやすくて斬新だと思う(このようなフォルムはトレンドという感もあるが・・。ただし、ディテールは別。ディテールはどうにでもなるから目くじらを立てない)。
判りやすくて奥が深い造形。繰り返すが、これが難しい。我々の行っている家具や椅子作りも同様である。悩み、才能の無さを認めつつ、取りあえず熱燗でもあおってゐる。
記事と画像は「Tech-On」 Automotive Technologyから引用させて頂きました