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    2008/08/12  夜明け前に (0)
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    2008/08/05  真夏のうたた寝 (0)
    2008/08/01  ペトログラフ (0)

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木工房でも、看板や展示会の案内板に「カッティング文字」を注文することは多々ある(多々でもない?)。
今はネット上で探して注文できるので田舎で家具を制作している当工房でも助かっている。

ネットで探すことができるという点では助かるが、膨大な情報の中から良質なショップを探し出すことは難しい状況である。

安価だが、供給しているフォント(書体)が少ない。指定運送会社のみで、送料が高いなどの問題もあるなかで、「あなたのデザインショップ GREENCRAFT」は、親切な対応、豊富なフォント、メール便発送等にも対応してくれるといった対応で満足できるショップだったので紹介しておきたい。
(より良いサービス店をご存知の方は、御紹介下さい)

水平対向エンジンやⅤ型エンジンは、左右のシリンダーブロックがコンロッド分だけずれている。所が、オートバイのハーレーダビッドソンのⅤ型エンジンのシリンダーは同一線状に配置され、ずれてはいない。随分前からの疑問だった。

ハーレーのエンジンに疑問を抱くなら、ゼロ戦などの星型エンジンはシリンダーが中心軸に向かってラジアル状に配置されている。このエンジンのシリンダーもハーレーと同様、同一平面上に配置され、ずれがないではないか!?。
星型エンジン・コンロッドクランクシャフトとコンロッドの関係はどうなっているのだという、ハーレーの場合よりも激しい疑問が涌いてきた。しかも、今まで、このエンジンに関してまったく疑問を持つことなくそれを眺めてきた自分に大層驚いたのである。

これを知らなくても日常生活に何ら不都合がある訳ではないので、激しい疑問ではあったが、長い間そのままにしていたし、むしろ、調べると無駄(?)な時間を費やす可能性が高い。いや、決定的にそうなのだ。
(余計な前置きはいい)

星型エンジンでは、主コンロッドと呼ばれる大きなコンロッドがピストンとクランクシャフトを繋ぎ、残りの副コンロッドと呼ばれるものが、主コンロッドのビッグエンド側に取り付けられている。
これで、クランクシャフトを回している(若干、ロータリーエンジンに似ている(?))。

星型エンジン・シリンダー配置

動画だと星型エンジンの動きが分かりやすい(下記サイト)。

「ワーバード」から「星型エンジンの構造」:星型エンジンについての詳しい説明がある。
「how stuff works」から「How Radial Engines Work」:非常に綺麗なアニメーション。

主コンロッドを見て新たな疑問が生じた。
主コンロッドのビッグエンドが分割式ではない。分割式でなければ、クランクシャフトにコンロッドを組み込めない。そうすると、クランクシャフトが分割式になっているとしか考えられない。
(自動車と同じようなスプリットタイプもあるがポピュラーではないようだ)

「Aircraft Engine Historical society」という古い航空機エンジンを広く紹介、解説しているサイトに詳しい説明があった(上の2つのイラストもこのサイトからの引用)。
やはり、スプラインによる結合(分割)式クランクである。この方式は第二次大戦中の航空機に非常に多く採用されていた。しかし、この方式では加工誤差や、公差のために若干のガタがあるし、ガタがなくては組み立てられない。また、軍用機では星型ユニットが2段、3段と重ねられてパワーを得ていたため(ゼロ戦は2段重ね(復列))、接合部の数も増えてくる。それが強度に影響しないのであろうかという疑問が浮かぶ。

星型エンジン・クランク

星型エンジン・フェイススプライン技術の進歩というものは素晴らしい。

軸方向の接合ではなく、フェイススプライン(Face-splined Crankshaft)という、ボルトとの併用による新たなクランクシャフトの接合方式が、Gleason Works of Rochester, N.Y.によって考案された。しかもギザギザのギア様ではなく、インボリュート曲線によるスプライン接合というもので、これによって強度は飛躍的に向上した。
今日では、一般にこの方法が用いられているという。

所で、私の最初の疑問であるハーレーのエンジンだが・・。

ハーレーのコンロッド前述の「how stuff works」の「How Radial Engines Work」のアプリケーション事例として・・
「ラジアルエンジン コンセプトの影響による、Harley Davidson motorcycleの2気筒エンジンを未だ見ることができる」と、記述されている。

ハーレーのエンジンデザインが星型エンジンから来ているとは驚いた。ただし、ハーレーのコンロッドは、クランクの一点を2つのピストンが共有しているが、星型エンジンとは違って主と副コンロッドは無い。片方のコンロッドがフォークのように二股状になっている。
参考画像は、アメリカのオークションサイトに出品してあったスペシャルコネクティングロッドアッシー。星型エンジンのコンロッドによく似ている(イラスト:一番上)。

ハーレーの場合、コンロッドの質量が違うが、このバランスはどこで取っているのか?
(新たな疑問が出てくるが、取りあえずここまで・・)

付録:現在でも販売されているエアプレーン用ラジアルエンジンを使用して製作されたモーターサイクル。好奇心を具現化できるアメリカの事例(圧倒的、解釈不用)。
星型エンジンバイク

夜明け前に

2008/08/12

ラジオの実況で聞いた北島の勝利に体が震えた。

ノルウェーの新鋭(?)ダーレオーエンやハンセンをワールドレコードという結果で砕いた北島の意思と執念そして強い闘争心。これほどの日本人アスリートは10年、いや20年に一度しか見ることはできないと、思う。

勝利を期待された強いプレッシャーの中、最高の結果で答えた強靭な意志は、体力が落ちていくのを自覚しながら田舎で家具を作っている軟弱なオッサンの萎えた気持ちを叩き、思いの力と持続が全ての源であり結果の具現だということを改めて示してくれた。

戦後、清里の地を訪れ若者を指導したアメリカ人ポール・ラッシュは、「健康の大切さ」「宗教心を持つこと」、そして「一番であれ」(must be first)と説いた。

爾来私は、「must be first」をいう言葉を把持している。一番を目指すことが多くの困難を自らに課し、乗り越えられる。その努力に華があり、感動を生む。
そして、北島の結果に改めてこの言葉をかみ締めたのだった。

(何故か夜明け前に目覚め、北島のシーンを思い出した。「must be first」は格好いいが、悶えながら家具作りを続けている。感動を与えられるものを生み出したく・・ (-_- ; ))

以前から、プロペラ機のプロペラによる回転反力について疑問を抱いていた。
ヘリコプターのテールローターは、主ローターによる機体の逆回転を相殺しているが、セスナやゼロ戦などのプロペラ機はエンジンの回転とは逆方向に機体が回ろうとはしないのだろうかという疑問である。

結論からいうと、プロペラ機(双発機等を含む)も、ヘリコプター同様エンジンの回転の影響を受けるため、これを抑える、反トルク対策を行っているということである。

最近(2008/07/30)、「日経Tech-on」で「零戦の垂直尾翼の断面が左右非対称である件について」という、興味深い記事が出ていた。

記事では、靖国神社の博物館「遊就館」に展示してある零戦52型の、垂直安定板の左側の方が厚く見えるとのこと。
プロペラはパイロットからから見て時計回りに回転している、機体はその反動で反時計回りに回転し、左主翼が下がる。すると機体は左旋回する。
一方、垂直尾翼の左側が膨らんでいるということは、左側に「揚力」が生じ、尾翼部分は左に引っ張られる。その結果機首は右を向き、プロペラの反トルクの影響を打ち消すということになる。
この方法はメッサーシュミットBf109において有名である。

なお、戦闘機などを扱う専門サイトでは、零戦は上記のような対策を行ってはいないとある。

このような反トルク対策は様々ある。
1.垂直尾翼そのもののオフセット(1~3度程度角度をつけて取り付ける)。
2.エンジンの取り付け角のオフセット(1~3度程度角度をつけて取り付ける)。
3.オフセットのない垂直尾翼のラダーに左に反らした固定小タブを取り付ける。
4.左主翼の長さを右主翼よりも長くする。
5.二重反転プロペラ。

所で、双発機などのマルチプロペラ機、また、ジェット戦闘機、ジェットエンジンのヘリコプターはどうなんだという疑問が涌いてくる。

双発機ならば、互いに逆回転させてトルクを打ち消せばいいと考えるが、実際には、そういったタイプの双発機は極少数らしい。製造コストか?。ロッキードP-38ライトニングは少ない例だという。

現在では、おそらく電子制御による自動補正が行われているのだろう(ここではこれ以上踏み込むのをよそう)。
古い時代のメカニズムはエンジニアの苦労が滲んでいるのがダイレクトに感じられる。何しろ判りやすく、ロマンチックでいい。

家具を作っている。
所で、何のために作るのか、自問する時がある。
そんな思いが積乱雲のように速やかに現れ、気持ちを支配するほどのことはなくても、漠然とした自分自身のモノ作りにおける疑問は、心の深奥に確かにある。

中学生の頃、日没間際の逆光で、黒々と強調された、国鉄の架線や操車場のシルエットや、近道をした境内の見慣れたはずの本堂など、身近な風景に心を奪われ、紙の上に定着したいという思いに満たされる瞬間があった。

なぜか木版画が好きだった。モチーフとしての風景を木版への適合として眺めても、純粋に自己表現への熱意が先にあったのだ。
そんな、自分自身の中から理由なく湧き上がる熱意を思い返すとき、作家「辻邦生」は切り離せない。

以下、辻邦生著「生きて愛するために」の中から「三つの啓示によせて」を引用する。
(これは「臨死体験・気功・瞑想~精神世界の旅」というサイトに引用されていたのを偶然見つけました)

パリに最初に留学した頃、私は自分の文学の土台になる三つの啓示に出会った。その一つは、滞在二年目の夏、ギリシャに旅行して、アテネのパルテノン神殿を仰いだときだった。旧式のバスに揺られ、アテネの街に入ったとき、遠くにアクロポリスの丘が見えた。その丘の上に点のように見えたものが、近づいてきて、やがて神殿の形をとった。「パルテノンの神殿だ」思わずそうつぶやいた瞬間、神殿から光のようなものが私の身体を刺し貫き、私 は我を忘れて、胱惚とした歓喜に震えた。我にかえったとき、全身に、涼しげな鈴の音の余韻のようなものがまだ鳴っていた。

その二つは、ギリシャ旅行の翌年の春の夕方、パリの国立図書館からの帰り、セーヌ川にかかるポソ・デ・ザール(芸術橋)の上に立っているときに起こった。その日は朝から本を読んでいたので、私は疲れて、橋からぽんやりシテ島やノートル・ダムやルーヴルを眺めていた。そのとき突然、私の身体が透明な球になって、みるみる大きく膨らみ、セーヌも、ノートル・ダムも、バリの街々も、この大きな透明な球に包まれるのを感じた。私はまるで 気球に乗ったように眼の下に連なるバリの街々を眺めた。そして「あ、これは私のセーヌだ、私のノートル・ダムだ、私のバリだ」と叫ばないではいられなかった。それまでこの現実は、私の外側に、何の感動もなく拡がってい た。それなのに、その瞬間、世界は私の内側に転入していた。何かとても親 しい大事なものとなって、両腕で抱えこんでいるような気がした。どんな遠いものも、どんな小さなものも、すべて<私の世界>のなかの住民だった。そう思った瞬間、ギリシャのときと同じような歓喜が全身に湧き上がった。

その三つは、それから一ヵ月とたたない頃、国立図書館の広間にリルケのフランス詩「薔薇」の豪華本が展示されているときに起こった。たまたま「一輪の薔薇はすべての薔薇」という詩句が、ケースのなかに拡げられていた。それを目にした瞬間、反射的に、一輪の薔薇のなかに無数の薔薇が浴れ、万華鏡のようにぐるぐると回るのが見えた。しかしその一輪の薔薇は、すべての花々を超え、その上に、静かに、高貴に花を開いていた。この純粋な薔 薇の原型のイメージを見たとき、あの同じ歓喜が泡立つ波のように全身を包むのを感じた。

この三つの啓示は、私が文学の根拠を求めている遍歴のさなかに起こったという点では、私の激しい問いかけに対する答といっていいものだった。パルテノンの啓示は、美とは、大きな光のように、この地上を包んでいる絶対者的存在だ、ということを語っていた。

セーヌの橋上の啓示は、世界が私と一つであり、私と無縁なものなどは存在しない。森羅万象は私なのだ、ということを示していた。

リルケの詩の啓示は、美の一つ一つが、それぞれに絶対の美の現れだということを語っていた。そしてこの三つに共通するのは、われわれの生の根拠につねに美が存在し、それが生のすべてを包んでいる、ということだった。私は美を求めて物から物へ喘ぐように遍歴していたが、そんな必要はまったくない。美とは、そして幸福とは、いまここにある。それに気づくことが肝心なのだ ――そう思ったとき、一挙に、溟濛の霧が晴れるのを感じた。 それは、さらになおさまざまな試行錯誤をともなったが、進むべき方向はそのとき定められたといってよかった。一言でいえば、私は、この地上のすべてのものを――季節も、天候も、時刻も、花々も、木々も、海も、山も (ラムのように「悪党どもも」と加えてもいい)――かぎりなく素晴しいものとして、ひしと抱きしめ、刻々、花の香りに包まれた陶酔のなかで生きるようになったといえる。すくなくとも、それが私の文学の中心の仕事となったとはいえるかもしれない。
(以上)
(パルテノンでの啓示は、同じく辻邦生著「異邦にて」の中の「ある告別」等でも触れられています)

若い頃、才能豊かで思慮深遠な辻氏の万物万象の観かたに感じ入ったものだ。
実は、この所、こういった感性が、見事に枯渇してしまったと感じてゐる(気分的に下の「イ」を使用)。

「生」の実感をふとした折、それは身近の風景であったりしても、それを感じることが、モノを生み出すことと、何処で繋がっているのかは、はっきりとは判らない。
純粋芸術なら自然や些細な営みから受ける「人間への眼差し」や「崇高な意思」のようなものを創作の原点や基点とするというのは判るのだが、自分の作る椅子や卓子など、あろうがなかろうが、ましてや、そこに多少の理屈があろうがなかろうが、さしたる問題ではないという思いに捕われて抗えない時がある。

暑い日が続いている。不意に手が止まり、立ち尽くして工芸論などを考えているわけではないのだが・・。

ペトログラフ

2008/08/01

古代文字の石近くの高原に石群がある。その石には、古代文字が刻まれているということを以前から聴いていた。そして、石の周りではコンパスが機能しないというのである。

大カルデラ火山である阿蘇山の裾野に位置する高原を登っていくと、不意に石が現れる。不自然にも、そこにだけまとまった大小の石郡がある。
周りは雄大な高原。侵食を受けて大地は波打ち、彼方まで続いている。ただし、石群が認められるのは此処だけである。

この石郡にペトログラフといわれる古代文字が刻まれているという。
ペトログラフとはシュメール文字を意味するということらしい。紀元前3100年頃、メソポタミア(現在のイラク)南部地方に興ったシュメール文明で使われていたという。
この文字が日本各地で発見されていて、それが何故日本で使われたのか、興味は尽きない。
ウェブには多くの解説サイトがあり、さながら雑誌「ムー」の様相を呈している。個人的には実に興味深いのだが、真偽のほどが判らない、関連事項が膨大なため、この件に関してはこれ以上触れない。

ペトログラフを探してみるのだが、風化が進み、文字の確認はできなかった。ただし、無いという事ではなく、容易に確認できないということだ。

コンパスは、想像以上の不思議な動きを見せた。岩に近づけ、ゆっくり岩に沿って廻っていくと、ある所で不意に針が回り始める。場所によっては針は正反対まで回る。
緩やかに回り始める場所、急に回り始める場所など様々で、本来の「北」は一体どこだ。と、思うほどだ。

不思議な空間である。聞こえるものは鳥のさえずりだけ。
穏やかで進みの遅い時間に満ちて、古代の痕跡をとどめる。

ペトログラフといい、不思議なコンパスの動きといい、この地は古代からの不思議なロマンに満ちていた。