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  1. 2008/08/05  真夏のうたた寝 (0)

家具を作っている。
所で、何のために作るのか、自問する時がある。
そんな思いが積乱雲のように速やかに現れ、気持ちを支配するほどのことはなくても、漠然とした自分自身のモノ作りにおける疑問は、心の深奥に確かにある。

中学生の頃、日没間際の逆光で、黒々と強調された、国鉄の架線や操車場のシルエットや、近道をした境内の見慣れたはずの本堂など、身近な風景に心を奪われ、紙の上に定着したいという思いに満たされる瞬間があった。

なぜか木版画が好きだった。モチーフとしての風景を木版への適合として眺めても、純粋に自己表現への熱意が先にあったのだ。
そんな、自分自身の中から理由なく湧き上がる熱意を思い返すとき、作家「辻邦生」は切り離せない。

以下、辻邦生著「生きて愛するために」の中から「三つの啓示によせて」を引用する。
(これは「臨死体験・気功・瞑想~精神世界の旅」というサイトに引用されていたのを偶然見つけました)

パリに最初に留学した頃、私は自分の文学の土台になる三つの啓示に出会った。その一つは、滞在二年目の夏、ギリシャに旅行して、アテネのパルテノン神殿を仰いだときだった。旧式のバスに揺られ、アテネの街に入ったとき、遠くにアクロポリスの丘が見えた。その丘の上に点のように見えたものが、近づいてきて、やがて神殿の形をとった。「パルテノンの神殿だ」思わずそうつぶやいた瞬間、神殿から光のようなものが私の身体を刺し貫き、私 は我を忘れて、胱惚とした歓喜に震えた。我にかえったとき、全身に、涼しげな鈴の音の余韻のようなものがまだ鳴っていた。

その二つは、ギリシャ旅行の翌年の春の夕方、パリの国立図書館からの帰り、セーヌ川にかかるポソ・デ・ザール(芸術橋)の上に立っているときに起こった。その日は朝から本を読んでいたので、私は疲れて、橋からぽんやりシテ島やノートル・ダムやルーヴルを眺めていた。そのとき突然、私の身体が透明な球になって、みるみる大きく膨らみ、セーヌも、ノートル・ダムも、バリの街々も、この大きな透明な球に包まれるのを感じた。私はまるで 気球に乗ったように眼の下に連なるバリの街々を眺めた。そして「あ、これは私のセーヌだ、私のノートル・ダムだ、私のバリだ」と叫ばないではいられなかった。それまでこの現実は、私の外側に、何の感動もなく拡がってい た。それなのに、その瞬間、世界は私の内側に転入していた。何かとても親 しい大事なものとなって、両腕で抱えこんでいるような気がした。どんな遠いものも、どんな小さなものも、すべて<私の世界>のなかの住民だった。そう思った瞬間、ギリシャのときと同じような歓喜が全身に湧き上がった。

その三つは、それから一ヵ月とたたない頃、国立図書館の広間にリルケのフランス詩「薔薇」の豪華本が展示されているときに起こった。たまたま「一輪の薔薇はすべての薔薇」という詩句が、ケースのなかに拡げられていた。それを目にした瞬間、反射的に、一輪の薔薇のなかに無数の薔薇が浴れ、万華鏡のようにぐるぐると回るのが見えた。しかしその一輪の薔薇は、すべての花々を超え、その上に、静かに、高貴に花を開いていた。この純粋な薔 薇の原型のイメージを見たとき、あの同じ歓喜が泡立つ波のように全身を包むのを感じた。

この三つの啓示は、私が文学の根拠を求めている遍歴のさなかに起こったという点では、私の激しい問いかけに対する答といっていいものだった。パルテノンの啓示は、美とは、大きな光のように、この地上を包んでいる絶対者的存在だ、ということを語っていた。

セーヌの橋上の啓示は、世界が私と一つであり、私と無縁なものなどは存在しない。森羅万象は私なのだ、ということを示していた。

リルケの詩の啓示は、美の一つ一つが、それぞれに絶対の美の現れだということを語っていた。そしてこの三つに共通するのは、われわれの生の根拠につねに美が存在し、それが生のすべてを包んでいる、ということだった。私は美を求めて物から物へ喘ぐように遍歴していたが、そんな必要はまったくない。美とは、そして幸福とは、いまここにある。それに気づくことが肝心なのだ ――そう思ったとき、一挙に、溟濛の霧が晴れるのを感じた。 それは、さらになおさまざまな試行錯誤をともなったが、進むべき方向はそのとき定められたといってよかった。一言でいえば、私は、この地上のすべてのものを――季節も、天候も、時刻も、花々も、木々も、海も、山も (ラムのように「悪党どもも」と加えてもいい)――かぎりなく素晴しいものとして、ひしと抱きしめ、刻々、花の香りに包まれた陶酔のなかで生きるようになったといえる。すくなくとも、それが私の文学の中心の仕事となったとはいえるかもしれない。
(以上)
(パルテノンでの啓示は、同じく辻邦生著「異邦にて」の中の「ある告別」等でも触れられています)

若い頃、才能豊かで思慮深遠な辻氏の万物万象の観かたに感じ入ったものだ。
実は、この所、こういった感性が、見事に枯渇してしまったと感じてゐる(気分的に下の「イ」を使用)。

「生」の実感をふとした折、それは身近の風景であったりしても、それを感じることが、モノを生み出すことと、何処で繋がっているのかは、はっきりとは判らない。
純粋芸術なら自然や些細な営みから受ける「人間への眼差し」や「崇高な意思」のようなものを創作の原点や基点とするというのは判るのだが、自分の作る椅子や卓子など、あろうがなかろうが、ましてや、そこに多少の理屈があろうがなかろうが、さしたる問題ではないという思いに捕われて抗えない時がある。

暑い日が続いている。不意に手が止まり、立ち尽くして工芸論などを考えているわけではないのだが・・。

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