国立から夜通し走ってきた。疲れている上に、米子道は強い風で、安定に欠けるチープなワンボックスを転がすには難儀した。
奈良に寄りたい気持ちも強かったのだが、慣れていて、気持ちの負担感の少ない山陰を選択した。
松江に入る頃には強かった風もなぎ、訪れたときには、いつもこの地域が示す、穏やかで心地いい雰囲気が、雨上がりの弱い陽光と共に、今回も我々を囲んだ。
熊野大社の規模は大きくはない。規模の大小やポピュラリティとは一見無縁の、気取りの無い瀟洒な神社は、しかし、古事記や日本書紀の時代から存在してきたのだ。
このような宗教観が在り、それを継承してきた文化の形式があることに改めて驚く。漠然としているにせよ、明らかに英邁なる哲学宗教観を伴う共通認識が民意の底に存在していた。往時に培養された意思が、境内の配置や雰囲気、そしてアーキテクチャという立体表現を通して、今日も我々を打つのだ。
熊野大社の主祭神は須佐之男命(天照大神の弟神)である。また、熊野大社は出雲国の「一の宮」(注1)に選定されている。
出雲も熊野大社もいいが、連れ合いの決意は朝ドラで脚光(?)を浴びた「シジミ汁」を食することだった。
宍道湖の周回道路には、「だんだん」という店名の食堂や、「シジミ汁」の看板が目につく。
私には普通のシジミ汁に思えたのだが、旨いといって譲らない。
画像は熊野大社「舞殿」。
注1:「一の宮」とは、ある地域の中で最も社格の高いとされる神社を指す。各国で一の宮を名乗り、かつそれが広く認められている神社を挙げると105社(複数ある場合は全て列挙。新一の宮は含まず)もある(Wikipediaより)。
過去に一の宮とされたことのある神社によって「全国一の宮会」が結成され、また、一の宮巡拝(注2)が行われるようになってきた。
注2:一の宮巡拝を行っている人々の集りとして「全国一の宮巡拝会」が結成されている。巡拝者は朱印帳を持って全国68箇所の一の宮を巡拝している。
以前、我家にWooferとしてバイクで訪れた宮城県出身のS君は、朱印帳を持って全国の一の宮を巡拝していた。そういった若者がいることに驚いたものだった。