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  1. 2009/08/25  嫌悪感 (2)

高校野球の決勝戦の最後のクライマックスに偶然立ち会って釘付けになった。
今年の夏も新たなドラマが刻まれたに違いない。

一部の選手は日本のプロ野球のフィールドで活躍するのだろう。また、極一部は田沢のように早々にメジャーに渡り、力量のせめぎ合いを体験するのかもしれない。
力量携え、熱意漲るプレイヤーが、野球の本場で頂点を目指し、文化や環境の違いを超えて競うことは何というロマンだろうか。田沢を見ていてそう思う。

私も、ヨーロッパやアジアのウッドワーカーと作業をし、木工という共通言語を通して時間を共有できたことは喜びだった。
そして、同じ人間なんだという当たり前のことを実感した。当たり前が喜びだったし、充実だった。

所で、いささかセコイ所に転話するが、高校野球の監督・コーチ、ひいては教員は、どうして学生を「子供達」と表現するのだろう?
兄貴分のような若い指導担当者までがそのように呼ぶ。

どうして学生、生徒ではいけないのか?「部員達がよくやってくれました」ではいけないのか?
小学生までは分かる。高校生に、それはないだろうと思う。
そういえば、かつて勤めた短大でも「子供達」と呼ぶ教官がいた。

私は、「子供」呼ばわりする教員を映像で見るたびに、あたかもそれを当然のこととして学生達に植え付け、教育の前提としての人間同士のイーブンな関係ではなく、年功序列という道徳的秩序観をもって指導上の優越を焼き付けるというアンフェアな関係に引き込んでいるズルさを感じるのだ。

監督コーチ教師諸君は違和感を感じないのか?
真摯なプレーはすがすがしいが、意図的、あるいは無自覚(?)に年功序列的秩序観を押し付ける映像には嫌悪を禁じ得ない。

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2009/08/25 10:28 AM | mametarou5

今朝6時のNHKニュースで優勝監督のコメントを聞いて、同じことを感じました。『子供達』はないだろう。教育現場のヒエラルキーを感じ、いやな思いをしました。教育は上からではないはずです。educationのeduはもともと引き出すと言う意味です。

2009/08/26 8:40 AM | katsu

mametarou5様
コメントありがとうございます。ごもっともです。
毎回ですが、優勝監督のコメントは本当に嫌ですね。
不勉強でしたので調べてみました。
e外へ+duce導く
でした。
また、JICAでの指導は、現地では「目線を合わせること」でした。

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