靖国神社遊就館を訪れた。
ゼロ戦を見るためである。
始めて見る「零式艦上戦闘機52型」は、靖国神社遊就館のロビーに置かれていた。
あっけなく目の前に現れたゼロ戦だった。
機体側面の日の丸が鮮やかに飛び込んできた。
その姿に、ちょっと感動した。
「おぉ」って感じだった。
それまで目にしてきた写真のゼロとはまったく違った。
様々な思いが浮かんでくるが、一言で言えば、
「洗練」
そこには、世界を席巻した、当時最先端のエアクラフト技術の粋が佇(たたず)んでいた。
機能がそのまま形態を決定した戦闘機としての造詣。
画像では絶対に伝わらない。
現物だけが伝える重み。
様々な概念が結晶化している。
設計者の思い、エンジン、機体の製造能力。
設計に課せられた数え切れない機能を、この造詣に集約した設計陣と、量産した当時の技術力、広い裾野を必要とする工業力に改めて思いを馳せる。
厳しい機能要求
高い設計能力
広範な周辺技術
加工技術
製造(量産)技術
製造装置を支えるマザーマシン
品質管理
整備性
よくやったものだと思う。
勿論、途上技術も多々あることは理解している。その上で、これだけのものを製造し得たことに、そして、結果を出し得たことに誇りを禁じ得ない。
プロペラの奥にはシンプルな副列の、ラジアルエンジンがあった。
整備性も極めて高そうである。
所で、以前このブログで書いた、プロペラの反トルク対策であるが、垂直尾翼は、「日経Tech-on」での記事のように、尾翼断面が左右非対称であるようには見えなかった。
改めて調べたのだが、垂直尾翼後縁に取り付けられた固定タブの角度を調整し、トルク対策をしていたようである。
当然、エンジンや垂直尾翼のオフセットはなし。
今回は元工業デザイナーとして、秀逸な日本の工業生産品を眺めたつもりである。
しかし、遊就館に展示されている特攻兵器には苦い思いを禁じ得なかった。
戦いは避けられない場合がある。
しかし、人命を賭した特攻はいけないし、許されるものではないと思っている。
ゼロ戦パイロット坂井三郎も反対し、現場の士気が下がったと著書の中で述べている。
ともあれ、多くの犠牲を強いたが、我国の戦いをもって西欧の植民地支配が終焉を迎えたのは、間違いのない事実である。
これはもっと評価されていいと思っている。
遊就館のゼロ戦52型。「happyleaf’s blog」さんの許可を得て掲載しました。