展示会の帰路、奈良を目指した。
高速を行き来する機会があっても、なかなか立ち寄る事はない。
今回は、大阪から九州へのフェリーの出発時間まで時間を取った。
奈良を訪れるのは中学校の修学旅行以来だ。
多くの社寺があって迷うが、取りあえず、東大寺と法隆寺だろう。
南大門と大仏殿は想像を超えた大きさで雨に佇んでいた。
もう、言葉や余計な解釈は要らなかった。
この存在が奇跡だと思った。
よくぞ、残してくれたものだ。
ただ、日本神道の神々を蹴散らす、怒涛の仏教文化を見せ付けられたような気がして、少しばかり神道系が気の毒に思えた(決して大仏殿への否定的な思いではないが・・)。
そして、正倉院。
はっきりいって、この建物はいい。
佇(たたず)まいがいい。
無駄を省いた機能美が実にいい。
そして、斑鳩に向かった。
狭い路地と、駐車場の無さに難渋しながら踏み込んだ法隆寺空間は、ぽっかりと切り取られた静謐の中で寡黙に私に迫ってきた。
境内全体の落着いた印象、精緻な空気感、素朴で単純だが実直な土塀、建造物の意匠の高邁さ、構造の説得力、シンプルで統一感のあるディテル、仕事が現す匿名の工人達を統べる道徳観。
このような「場」(地域)に、このような学究の「場」(施設)を設けた事も ―
時代を超えて追加されていった建築群が、ほぼ一定の様式の基に、秩序をもって構成されていることも ―
そして、すでに、構造がフォームとして一定の標準化を成していることも驚きだった。
全体の印象、建物のバランス、構造、ディテルは実に多くの啓示とインスピレーションに満ちていた。
私の作る厨子か仏壇か知らないが、あんなのものは「ハナクソ」だ。
早朝の伊勢も出雲も感動的だったが、斑鳩の里も同様だった。
再度、出かけたいと強く思った。