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  1. 2011/08/05  実験 (0)

広島原爆死没者慰霊碑には、「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と刻まれている。

一方的、自虐的なこの一文に、違和感を禁じ得ない。
過ちを犯したのは誰か?
我々日本人か?

戦後教育からすれば、日本人が悪いということがフォーカスされてきた。
だが、米軍による原爆投下により、30万人の日本人一般市民が、無差別に虐殺されたのは紛れもない事実である。

今日では、非戦闘員を誤爆しても非難され、人類への尊厳への罪に問われる場合もある。
広島、長崎への原爆投下は、最大の「人類への尊厳への罪」だといえる。

アメリカの原爆開発は、「マンハッタン計画」に沿って行われた。
この計画の提案者は、アインシュタインである。

1939年8月、アルバート・アインシュタインとレオ・シラードは、「核分裂反応」が発見され、この現象を使うと、凄まじい破壊力を持つ兵器を作ることが可能であり、ドイツがこの兵器の開発を進めている可能性があることを指摘。
ドイツに先んじて、アメリカがこれを開発すべきだと主張した。

アメリカ政府は、1942年8月13日、原爆を製造するためのマンハッタン計画をスタート。1945年夏には製造見込みが立った。
計画は、ナチスドイツに対抗するために進められたが、ドイツが降伏したため、そのターゲットは、日本に変更された。

1945年7月16日、世界初の原子爆弾がニューメキシコのアラゴモードで爆発させられた。
計画を推進してきた科学者らは、原爆の凄まじい破壊力に肝をつぶし、計画の中止を大統領に訴えるが、トルーマン大統領は拒否。
彼らは、署名を集めるが、軍に妨害された。

原爆投下目標は広島・小倉・長崎・新潟の順だった。
(京都も目標に入っていたが、スチムソン陸軍長官の反対により外される)
これらの目標都市は原爆の破壊力がはっきり分かるよう、通常の空襲は行わなずに町並みを温存しておくことが決定された。

この広島への原爆投下は「実験」の色合いが非常に濃いものだった。
目標とした都市は、性能確認のため空襲せずに温存したが、その他、アメリカは日本に進駐して来た段階で、広島市の生存者の健康診断を行うとともに、それと本来似た分布を示すと考えられた近隣の呉市の住民の健康診断も行い、健康への影響調査を行っている。

「原爆を投下するまで日本を降伏させるな――トルーマンとバーンズの陰謀」(鳥居 民著)
にも、広島への原爆投下は実験として行われたことが述べられているという。

「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」
と、述べ続けても、冷酷な事実は別にある。

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