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    2011/11/12  疾風遥か (0)
    2011/11/09  ソーダストストーブ 番外編 ① (0)
    2011/11/05  ラジタン (0)

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東北には、友人知人がいる。
被災地に住んでいる方もいる。
彼らは、震災以降、何も変わっていないと言う。
瓦礫は多少は片付いた。それだけだと・・。

先ず、国が主導し、大きなグランドデザインを決定し、県を越え、法律を超えて実行すべき事がある。
全ての方々が満足する指針は無理だ。しかし、復旧、再開発のための基本指針は、国が示し、各地が実情に合わせて実施する。

チェルノブイリ事故後2年で、ソビエト政府は、レディエーションフリー地域に高層アパートを建設し、新たな村を誕生させた。

迅速で、ファンダメンタルな下絵は政府でなければ示せない。
そんなことは、余程の阿呆でなければ判る。
しかし、東北の現実を見たとき、敢えて復興復旧を延ばしていると考える方が自然だ(と、思うようになった)。
理由は、判らない。
しかし、何らかの意図があるのかもしれないと、思わせる現状である。

東北に限らず、現政権が行っていることは、全ての面で、日本のパワーを落とすという方向に舵を切っているように見える。
どうすれば国は衰退するか、というお手本である。
そう考えると、日本の現状は理解しやすい。
(いや、それ以外に考えられない・・のではないか?)

この政権は、東北に関しては、のらりくらりだが、諸外国、特にチャイナや朝鮮への利益誘導には実に熱心である。
その中の最近の例が、永住外国人への地方参政権(選挙権)付与法案に関するものである。

以下(2011.11.23 民団新聞)より抜粋。
在日本大韓民国民団(民団)の創団65周年記念式典が11月18日、都内のホテルで開かれた。

鳩山由紀夫元首相は「日韓関係をさらに良くしたいというのが多くの日本人の願いだ。東日本大震災に対する皆さんの温かい激励・支援に感謝する。皆さんの願いである地方参政権の早期実現に最善の努力を約束する」と述べた。

公明党の山口那津男代表も、民団が地域社会の発展に寄与してきたことや韓日の親善に尽くしてきたことなどに言及。その上で、地方選挙権付与について、「公明党は一貫して推進してきた。これからもその実現に向けて取り組んでいく」と決意を表明した。

民主党を代表して挨拶した樽床伸二幹事長代行は「鳩山元総理の思いをしっかり支えながら、国政運営にあたっていく。日韓関係が、さらに充実し両国が繁栄するよう、皆さんが両国の大きな懸け橋になってほしい」と訴えた。

社民党の福島瑞穂党首は「来年は(韓国で)国会議員選挙、大統領選挙があり、在日の皆さんも投票できる。その一方で日本で地方参政権がないことはおかしい。民主、公明、社民各党が協力すれば国会で法案は通る。来年には必ず成立するようがんばる」と強調。

共産党の志位和夫委員長も「来年から在外国民選挙に参加できるようになったことをお祝いする。共産党は、永住外国人への地方参政権については、被選挙権も含めて主張している。その実現にがんばっていきたい」と明らかにした。
(抜粋ここまで)

日本の「公人」の最たる立場にある国会議員が、外国団体の記念行事に出かけ、重要な国家の基本政策に関る事項の成立を約束するとは!。
しかも、こうした言動について、日本のメディアはほとんど報じない。

何故、これらの民主をはじめとする国会議員が、日本の利益よりも韓国朝鮮の利益を優先するのか?。出自が彼の国なのか、彼らから金銭を含めた多大な協力を得ているのか?
そして、何故、在日韓国朝鮮人の方々が、「永住外国人への地方参政権」を求めるのか?
無関心でいる間に、取り返しのできない所へ誘導されてはいないか ――

疾風遥か

2011/11/12

同じ九州だが、薩摩半島は結構遠い。
知覧町は、ほぼその南端に位置している。
そこにある、知覧特攻平和会館を訪れた。
旧帝国陸軍四式戦闘機「疾風」を見るためである。

四式戦(疾風)(注1)は、小さな展示空間に閉じこまれていた。
旧帝国陸軍の期待を一身に背負い、英知を絞って生まれた機体が、忘れられたように置かれている。

ゼロ戦より一回り大きい感じがした。非常にシンプルな造詣。
重戦闘機だが、格闘戦も得意とする。特に特徴の際立たない、つるんとした機体だったが、卓越した能力秘める。
アメリカの評価では、日本の最高傑作機(注2)。
戦後の米軍テストによる格闘性能の評価は、連合軍戦闘機で最も格闘性能の良い英空軍スピットファイアより、疾風の方が更に上とされたとのこと。

このような戦闘機は、軍の要求も厳しいが、設計者の理念が極限状況を前提として、具現化している。その究極の選択を確認すること。
懸命に製造した日本の技術、工業力を目の当りにし、戦争という、ある種ネガティブな状況下とはいえ、民族の誇りや実力、信念を実感できるのは、実機を前にしたときだ。

四式戦の開発、製造を行った中島飛行機(注3)は、終戦後、解体されて12に分社化された。
その1つが、富士重工業(スバル)である。
また、富士精密工業は、プリンス自動車工業(スカイラインで有名)の前身(後に日産自動車に吸収合併)だった。

戦前からの自動車メーカーであった、トヨタや日産でさえ、終戦後の新規開発は難しく、海外メーカーの模倣や、ライセンス生産で凌いでいたが、中島飛行機を前身とする富士重工業と、プリンス自動車工業の2社は、技術提携に頼らず、自力開発を行った。

特攻平和会館の展示室は狭く、機体を遠くから俯瞰しにくい。そのため、全体のシルエットを確認しにくいのは、残念だった。
裾野の広い、航空機製造技術は、戦後、日本の発展の礎となったのは事実である。
所が、我が国には、国立の航空博物館がない。民族の誇りとして、軍用機を含めた航空技術の歴史を展示紹介する場は、是非とも必要だと思っている。

中島飛行機のエンジニアであり、戦闘機「隼」を始めとする軍用機の設計に携わった、糸川英夫博士は、戦後、国産ロケットの研究開発に尽力された。
最近、探査衛星ハヤブサの帰還は日本国民を感動に導いたが、小惑星イトカワと、探査衛星ハヤブサの命名は、糸川博士の業績を記して実に嬉しかった。

注1:四式戦(疾風)
帝国陸軍から、「大東亜決戦機」として期待され、大戦後期の主力戦闘機として各飛行戦隊隊に配属され、昭和19年中期という戦争後期登場ながら、製造数は、零戦、隼に次ぐ約3,500機に及んだ。
実戦では、「格闘戦も出来る重戦」「軽戦(一式戦)と重戦(二式単戦)の良いとこ取り」とも評価され、また、高高度での操縦性や速度、防御の点で本機の右にでる日本機はなく、非常にバランスの取れた機体だったようだ。
ただし、精度の高い製造技術を必要とした、高性能新型エンジン「ハ45」の不調や、オイル、ガソリン、交換部品の品質低下、整備力低下等により全体的に稼働率が低かった。
機体の防弾防火については、従来の陸軍戦闘機に順じ、全ての燃料タンクには、防漏ゴムを張ったセルフシーリング式とし、操縦席前面は、70mm厚の防弾ガラス、操縦席後方には、13mm防弾鋼板が装備されている。

注2:四式戦(疾風)は、アメリカ軍のテストにおいて、ハイオクガソリンと高性能スパークプラグを用い、最高時速687Km/h(6,096m)をマークし、上昇力、運動性能、防火防弾、火力ともに高評価され、「日本の最優秀戦闘機」と確認される。

注3:中島飛行機が設計製造した主なファイター
一式(隼)、二式(鍾馗)、三式(飛燕)、四式(疾風)、五式(飛燕の機体に、三菱重工業製金星62型エンジンを搭載。イギリス空軍博物館(Royal Air Force Museum)に、エンジン・機体共、極めて良好な状態にレストアされ、保存されている。現存する唯一の機体)。

Ki-84ko Frank

画像は、「Pacific Wrecks.com」から。
同サイトの、 「Ki-84ko Frank」(疾風)のページでは、次のように紹介されている。
戦後の米軍によるテストでは、疾風は、高度20,000フィートにおいて、P-51やP-47よりも早いことを示した。もっと早い時期に投入されるか、より改良されていれば、疾風は、確かに太平洋において、更なる痕跡を残せた。

Ki-84ko Frank

同ページの画像説明から。
履歴
1945年にクラーク空軍基地(フィリピン)に捕獲された疾風。
評価とフライトテストは、ATIU(注4)にて行われ、エアクラフト輸送船「USS ロングアイランド」によって米国へ運ばれた(画像上)。

修理
1952年、オンタリオ航空博物館オーナーのエドワード マロニーに払い下げられ、飛行可能状態まで修復された。

展示
Planes of Fame Museum(マロニーの博物館)で1978年まで展示された後、日本に運ばれ、1991年に閉館するまで、嵐山博物館で展示された。今日、「神風パイロット平和博物館」で見ることができる。
画像下は、日本に運ばれ、整備終了後のものと思われる。担当は富士重工業。

注4:ATIU(Air Technical Intelligence Unit)(航空技術諜報部隊)
米、オーストラリア軍をメンバーとして、太平洋戦争開始翌年の1942年に組織され、1943年、ビリスベンにあるイーグルファーム飛行場でシークレット作戦がスタート。捕獲した日本の様々な軍用機が持ち込まれ、修復し、徹底的に分析、テストされ、作戦にフィードバックされた。
ATIUを解説しているサイト(上リンク)には、捕獲、米軍色に塗り替えられた一式戦や、三式戦の画像もリストされている。
三式戦(飛燕)の画像には下記のコメントが・・・。
「1944年7月4日、ブリスベン上空を飛ぶ、捕獲された日本機Ki-61-3B “トニー”」
一式戦(隼)の捕獲から修理、飛行の様子は、「JAPANESE “OSCAR” AIRCRAFT REBUILT AT EAGLE FARM IN HANGAR NO. 7, BY ATIU」から。
(彼らの戦略には言葉を失う。精神力だけでは難しい・・・)

S氏のソーダストストーブ「ウッドフォーラム」を主催するS氏がアレンジしたソーダストストーブ。

現在は、主に普通の薪を燃料にしている。快適とのこと。
当然ソーダストや、自動鉋屑の燃焼も視野に入れているとのこと。

主構造は、私のものと、ほぼ同様。
ドーナツ状の内底中央の開口部(穴)は、直径120㎜。
インナー缶は、入手の簡単さ等から、ペール缶を使用。ただし、缶上部の一部を切り取って、長い薪が入りやすいようにしている。

ペール缶底の、空気吸入口は、φ13㎜の穴を複数開けている。
丸一日運転すると、灰が空気穴を塞ぐようになるが、完全に流入を止めるほどでは無い。

S氏のソーダストストーブ内部ロストルの下から着火した場合、ペール缶の底穴が、小さい穴の集合のために、上手く着火しない場合がある。そのため、上から、灯油を浸み込ませたオガ粉を少量ふりまいて着火している。
これで、問題なく着火。

現在までで、気になる現象としては、ペール缶の中に薪を詰め過ぎた場合、燃焼に対し、空気の流入が間に合わず(調整窓全開時)、不安定な燃焼を起こす場合がある(吸気しては燃焼と、交互にくりかえすような感じ)。調整窓を閉めれば落ち着く(注1)。

長時間燃焼の場合、灰や炭がペール缶の底穴を塞いでしまうの防止するため、底穴を囲むように、市販のゴトクをコンクリートボンドで接着。それなりの効果はある。

S氏のソーダストストーブ内部-ロストルペール缶の底部はかなり高温になるようで、ゴトクも真っ赤に焼けている。
ペール缶も同様に真っ赤に焼ける。この熱をストーブ本体が担うのは「ヤバイ」と思う(注2)。

インナー缶としてペール缶を使い、一番感じるのは、薪を垂直に立てるため、並べやすく、炎の勢いが良い。特に初期着火に都合がいいと思う。
中央部からの、局所的な空気の流入が功を奏していると思われる。

また、燃え残りの炭が底に残るので、追い焚きしやすい。

注1:画像で見ると、S氏は、ハードウッドを使用しているようである。ペール缶にハードウッドを詰めて燃焼させると、もの凄い熱量になる。我家は、壁が近い事と、部屋が狭いために、この熱量は過大で恐いほどである。
私のペール缶の底穴はφ70㎜(約39平方センチ)。これでも、全開だと酸素不足で、ほぼ同様の状態になる。
ちなみに、ストーブ本体の調整口は、約80平方センチ。

注2:まったく同感。

「ウッドフォーラム」のS氏に使用感等を、お聞きしましたので紹介いたしました。
このストーブに関心を持たれている方への情報になれば、嬉しく思います。

S氏には、画像や使用感についての、私のしつこいリクエストに答えて頂き、ありがとうございました。今後も、アレンジ、進展等ありましたら追加情報を、お願い致します。
また、同じような試みをなさった方がいましたら、紹介させて下さい。

ラジタン

2011/11/05

サンバーの冷却水(LLC)のエア抜きは時間がかかる。おまけに面倒。
今回は、ウォーターポンプを交換したので、ほぼ完全に冷却水を入れ替えた事になる。
それはいいのだが、完全(?)にエアを抜くのが大変。
エンジン上部、ラジエター後方、室内ヒーター脇の、3ヶ所のメクラ蓋を外さないと綺麗に抜けない。
最後は、エンジン上部のエア抜きホースから、オイル差しで、少量ずつ入れた。そのせいか、走行後、ラジエターキャップを取って確認してもLLCは減っていなかった(お勧めではないが・・)。

所で、「ラジタン」と呼ばれる整備用品がある。
ラジエターキャップ部に、タンクを装着し、LLCの充填とエア抜きを同時に行う、スペシャルな整備用品である。

製品説明では(抜粋)、
・注入時のエア抜きが簡単。
・エアの噴き返しがあっても、タンクで吸収するので安心。
・充填と同時にエア抜きができるため、走行後の冷却水の補充の手間が省ける。
とある。しかし、高価(3万円台)。

スピルフリーファンネル所が最近、同機能で安いプラスチック製の「スピルフリーファンネル」という、製品が売られていることを知った。

amazon.co(USA)で、$23.31。
amazon.co.jpで、¥3,980。

これは、有効そうである。

「工具選びの極意」というサイトで、以下のような記述があった。
まさしく、サンバーシリーズのことだろう。
そのままでは、サンバーでは難しいが、対策を施せば有効ということなのか・・。

以下引用。
しかし、軽の一部のリアエンジン車は,そのまま用いても思うようにエア抜きが捗らない。
そこで,より高い位置からの注入が有効と考え,写真のような改造を施した。
以上。