2005年11月
  1. 2005年11月27日: 田舎暮らしに憧れた頃 4 (0)
  2. 2005年11月26日: 補足とお知らせ (3)
  3. 2005年11月25日: 馬屋の修理 (0)
  4. 2005年11月20日: 私の徹夜本 4(背教者ユリアヌス) (0)
  5. 2005年11月19日: Yチェアー (0)
  6. 2005年11月16日: 田舎暮らしに憧れた頃 3 (自然農法) (1)
  7. 2005年11月13日: 私の徹夜本 3(番外編・光る風) (0)
  8. 2005年11月12日: 恥を知れ! (2)
  9. 2005年11月08日: 田舎暮らしに憧れた頃 2 (0)
  10. 2005年11月07日: 私の徹夜本 2(回廊にて) (0)

田舎暮らしに憧れた頃 4

2005年11月27日

最初は田舎の廃校を探していました。北海道には3回ほど行きましたが、目的は廃校を探すためでした。廃校は建物は基本的にしっかりした作りですし、スペースも広く、概ね場所もいいため、田舎で家具を作るという目的にはもってこいだと思えたのです。

しかし、手頃なサイズの物件はそうあるものではありません。中学校や高校は広すぎ、小さく手頃な分校は古くて傷みが激しかったのです。
また、九州に来てからも過疎化のために廃校は結構出ました。しかし相当な僻地のために家具作りは大変だと思えるような場所でした。
手頃なサイズの廃校を利用できる機会に恵まれる方は極僅かです。結局、私は農家の空家に入ったのです。

現在私が住む地域は、村おこしで有名になったせいかどうかは分かりませんが、現在も移住希望者が訪れています。そのため、家賃や地価は高めで、物件は不足しています。
近隣の町村と比べ、どこがいいのかよく分かりませんが、ほうぼうを探した私としては、同じような場所は回りの町村にいくらでもあり、より良い条件で田舎暮らしを始められる可能性は高いのにと思ってはいるのですが・・。

補足とお知らせ

2005年11月26日

馬屋の修理の補足記事(詳細記事)はHPでご覧ください。

私の作った家具が雑誌「コンフォルト」最新号(2005/12)に3点掲載されています。広葉樹の特集号です。材料の使用サンプルとして家具とインテリアが多数紹介されています。興味のある方はどうぞ。

馬屋の修理

2005年11月25日

厩の修理我が家には馬屋があります。この地方の、あるいは日本では一般的なものだと思います(?)。一階が畜舎となっていて、二階は飼料などを保管する倉庫として利用されているようです。

我々は、自分達でおよそ一月半かけ、この二階を家具展示用のギャラリーに改造しました(改造記事はこちらから)

ところが北側の板張りの壁面は、我々が移住してきた当時から相当傷んでいました。
二階の雨樋が腐って落ちて無くなったことと、一階の一部の張り出し部分から落ちる雨水が壁面を濡らし続けていたからです。

早めに修理をすればよかったのですが、当初この建物は、以前ここに住んでいた農家の方が使っていましたから手が出せなかったのです。
また、我々が使ってもいいようになってからも、修理には足場が必要なために、なかなか修理の決断がつかなかったのです。
ところが、2年間の予定でラオスに行くことになり、長期間そのまま放置して行くわけにもいかず、修理を決めたのです。

近所で、自分の住まいをほとんど一人で建ててしまった友人が、足場と足場板を都合してくれた事、その設置に協力してくれたため、この作業が出来たようなものでした。私には足場の建て方等、まったく分かりませんでしたから。

考えるとどこから手を付けて良いか皆目見当がつかないものですが、作業が始まると、考え考え(といっても今回は時間がなくて焦りながら)、その場しのぎの作業が続きます。これは楽しみ、喜びであり、田舎(でなくてもいいのですが)暮らしの良いところです。自己実現の象徴のようなものですから・・。

私の徹夜本 4(背教者ユリアヌス)

2005年11月20日

若い頃(せいぜい30代前半まで)に読んだ本の中で、時間の経つのを忘れるほど夢中になれたものを紹介しています。現物が手元にありませんので曖昧な記憶での感想をお許しください。

■背教者ユリアヌス:辻邦生
以前にも辻邦生作品の「回廊にて」を紹介しました。同時に紹介するのはもったいないため、あえて分けました。「回廊にて」も良いのですが、私の中ではこちらが本命。

歴史小説としても恋愛小説としても十分に読ませてくれる叙事詩です。歴史背景の史実との違いを語る方もいますが、私はその辺りの知識を持ち合わせていませんので、純粋に作者の「生」への、主人公への投影に共感しながら読みました。会社勤めをしていた当時、スレてささくれた気持ちでいたワタクシが、「人間への信頼」をテーマにする辻氏の著作を貪ったギャップが自分でも滑稽(でもないか)。

物語はローマ帝国におけるユリアヌス皇帝の生涯を描いたもの。「背教者」とは、当時国教として勢力をのばしてきたキリスト教を否定し、古代ギリシアの神々の信仰を復活させようとしたことからつけられた。
参照:。八方美人な書評ページ

終わるのが惜しいと思いながら一気に読み終え、読後の喪失感が長く尾を引いた一冊です。
文庫本でもボリュームがあって最初は引いてしまいますが、たちまち引き込まれ、最後はそのボリュームに感謝します。

嫁さんの理想の恋人は、最初に紹介したアダルトウルフの「犬神明」でしたが、これを読んで感動。主人公「ユリアヌス」に惚れ、理想の恋人が二人になってしまったのです。

参考までにアマゾンコムから本書の書評の一部を引用させて頂きました。
芸術としての文学:2003/06/14
レビュアー:空を飛ぶネコ

文学が芸術とかけ離れて久しい。
感覚に頼ったような、確かに一度くらいはお付き合いできる作品はいくらもある。
職人芸でブランド品を供給してくれる作家もたくさんいる。
でも違う。
文学本来が持っていた格調高い芸術性を追求した、まれな作家が辻邦生。
そしてその白眉たる、日本文学の誇りとも呼べる作品が本作である。
音楽的で、絵画的で、光り輝くような、それでいて抑制の効いた文体は、それだけでも至宝のようで、まさに読み終わるのが惜しくなる、そんな作品と言える。
辻邦生を読まずして「本読み」というなかれ。

Yチェアー

2005年11月19日

この椅子を見たのは大学2年のときだったように記憶しています。研究室に置かれていたもので、オークにオイル仕上げされたものでした。今でこそ、方々で見かけるようになりましたが、当時はほとんど知られていなかたった製品でしたし、私も始めて目にしたものですから、呆然と見とれてしまったのです。

私の既成概念を壊すデザインと加工の素晴らしさ。仕上げの自然感(当時はオイル仕上げを知りませんでした)、座面の素材(ペーパーコード)の良さ。オーバーに言えば、この世にこのような綺麗なものも存在しているのだと始めて認識したのです。

その後、Yチェアーのデザインのエッセンスが中国椅子にあったのを知り、更に驚きました。デザイナーのハンス・ウェグナーは中国椅子を基に幾つかの椅子を発表していますが、時代を経るごとにシンプルになり、一つの到達点としてYチェアーがあるように思います。

このように時間をかけて練りこんだものは飽きがきません。椅子に限らず、その造形の中で、つじつまの合わない部分の整合性が高い位置でバランスをとっているからでしょう。

ところで、この椅子をダイニングチェアーとして使っている例を雑誌で見ます。後に深く寄りかかるような設定が、ちょっと座った場合には実に心地がいいのですが、ダイニングチェアーとして使う場合、背もたれに背を着けた状態からだと、テーブルに向かうたび、よいしょという感じで体を起こさなくてはなりません。これが少し疲れるのです。永い間この椅子を使った一人として、このような使用感を持っています。

ただし、ウェグナーのサイドチェアーは同じような設定が多いように思えますので私とは感覚、使用感が違うのかもしれません。
ダイニング用としてこの椅子を選択しようとしている方は、この点についてチェックして損はないと思いますが・・。

また、この椅子は意外に大きいので、狭いダイニングやリビングルームに4〜6脚も置くと空間が窮屈に感じる場合があります。

田舎暮らしに憧れた頃 3 (自然農法)

2005年11月16日

木工所で家具職人をしていた頃だと思います。福岡正信さんという方が四国で「無肥料」「無農薬」「不耕起(耕さない)」「無除草」という常識とはまったく逆の方法で稲作、野菜作りを行っているということを知り、ちょっと衝撃を受けました。

福岡さんはそれを「自然農法」と呼んでいます。作物には本来生きていくための機能が備わっており、それを引き出してやる注意さえしてやれば、人間がほとんど何も手を加えなくてもりっぱな作物ができるというものです。それに対し、現在農業は無駄なことばかりやっていると述べていました。氏はそのことを啓示によって理解し、実践を始めたのです(記憶が曖昧ですので正確ではない部分はお許しください)。

著作である「自然農法わら一本の革命」に詳しい説明が述べられています。多くの方が共感し、研修生も受け入れていたという記憶があります。
私も、伺おうとして連絡をしたのですが、本に全て書いてあるので来る必要はないとおっしゃられました。それで諦めましたから、結果として私の興味はその程度だったわけですが、田舎に住んだら必ず「福岡式自然農法」を仕事の合間に実践しようと考えていました。
この点でも広い土地が使えるであろう田舎が理想だったわけです。

田舎に移住した後、早速野菜作りを始めました。「福岡式自然農法」の実践です。所が、野菜作りは想像するよりかなり大変でした。芽が出ても小さくなって無くなる。虫で全滅。雨で腐る。病気で枯れる。台風で倒れる。等々のトラブルで上手くできないのです。「無肥料」「無農薬」「不耕起」「無除草」の「福岡式自然農法」では私には不可能と思われました(大してやったわけでもないのに・・)。結局、耕し、肥料を入れましたが中々上手くいきません。やはり農業は大変なのです。上手く作るにはそれなりのエネルギーを投下しなければならないということが判るのです。

私は挫折しましたが、福岡正信の自然農法を実践した西山さんの記録があります。福岡正信の自然農法と茅茫庵(2)(3)です。興味のある方はどうぞ。参考までに西山さんのリニューアルされたサイト(自然農法に惹かれて自適農の世界へ 茅茫庵)も紹介しておきます。

田舎へ来て18年が経ち、その間、情けない野菜を作って来ましたが、遂に主な担当者だった嫁さんが切れ、「畑をつぶそうョ。手間と費用を考えたら買うほうが安い」といい始めるのです。農協の朝市には新鮮で安い野菜が並び、時々は近所の農家から頂けるからです。ワタクシは力なく頷き、遂に私の理想は完全についえたのであります。
畑は庭となってひろがり、解放された嫁さんは「あぁ気持ちがいい」と喜び、我々が来るまでそこで作物を作っていた農家のおばさんは実に落胆した表情を浮かべていたのです。

私の徹夜本 3(番外編・光る風)

2005年11月13日

若い頃に読んだ本の中で、時間の経つのを忘れるほど夢中になれたものを紹介しています。現物が手元にありませんので曖昧な記憶での感想をお許しください。今回は番外編としてコミックを紹介します。

■光る風:山上たつひこ
1970年代の少年マガジン誌において、ポリティカルフィクションという副題で連載されていた漫画です。当時の少年マガジンは「あしたのジョー」「巨人の星」「愛と誠」など、梶原一騎原作漫画がヒットした同誌の黄金時代といってもよく、そんな中で極めて異彩を放っていた作品でした。大学時代に単行本で読み直し、改めて強いインパクトを受けた作品です。

大まかなストーリーは、時代は変転し、また軍国主義がやってきた時代で抵抗する主人公を描いた異色作で、スリリングなストーリー展開と意表をつく作画表現が際立った存在を示しました。
単行本に同梱されていた「回転」も非常に印象深い同氏の短編です。

また、同世代における印象的な作品に、辰巳ヨシヒロ作、「東京うばすて山」「鳥葬」等があります。地味でしたが、社会の底辺でもがく人々を独自の感性で切り取り、社会の病巣を描いて印象的でした。
これもほぼ同時期の少年マガジン誌に掲載されました。現在では考えられないような人間への視点をテーマにした作品を載せた編集者の良心に驚きます。

恥を知れ!

2005年11月12日

シニアボランティア(以下SV)としてラオスに派遣されて1年が過ぎた。
これまでにも、SVとラオス女性が親しい関係にあった事例を聞いた。そして、今もそのような関係にある方もいる。
その多くは、キャバレー、カラオケ、女中との関係であり、日本では女房子供を持つ親父がほとんどである。
ラオス以外でもほぼ同様であり、民間企業は言うに及ばず、エンバシー関係者も例外ではない。

ラオスは貧しく、オープンである。昔の日本のように金持ちが妾を持つことは容認されている。よって、我々が同じような行為に出ても容認されるのかもしれないし、特殊な経済支援には違いない。
しかし、そうだとしても日本政府から技術援助として派遣されている我々が無節操に欲望を満たしていいのか。私は、今回首都ビエンチャンを行事で訪れ、多くの事例を聞くにつれ暗澹となった。

単身で派遣され、様々な余裕があり、この地は女性を安く「買う」ことができる。何をしようが勝手で自由だ。しかし、基本的に日本で許されないことは、ここでも許されないのではないのか。

私は彼らに問いたい。日本にいる奥方が同じ事をしても君達は許さなければならない。可能か?
仕事をしていれば許されるという空気が日本にはある。しかし、ここは日本ではなく、もはや別問題としてはっきり区別をする時代だと思う。任地では、我々は注視されている存在であることを忘れてはならない。誇りはどこに置いてきたのか。

私は言いたい「恥を知れ、日本男子」、と。

田舎暮らしに憧れた頃 2

2005年11月08日

どうして手作り、自家賄い願望が強いのかは自分でも不思議です。

できると思われる範囲のことはトライし、確認したいという思いが強いのです。特に伝統的に行われてきた保存食、発酵技術には大きな関心がありました。その点でも、田舎には伝統的な食の伝統が残っているわけで、私の中では、ともかく田舎に行かなければならないということになってくるのでした。

余談ですが、当時は「自然食通信」という雑誌が発行され始めた頃で、田舎で手作りという私の希望にぴったりの雑誌でした(今も在る?)。

また、家作りも大きな目標の一つでした。欧米では、個人が時には数年をかけて個々の理想の住居を作っている事例 ―多くは立派過ぎて私ができる範囲を超えていると思われるものが多かったのですが― を見たり、建築許可が下りたばかりの2×4住宅を自分の手で建て、資料を実費で配布してくれていた千葉の照沼さんからテキストを譲ってもらったり、急速に広まりつつあったログハウスブームの中で、真剣にログを検討したりしたものです。
家作りにしても土地のことを考えると、はやり購入しやすい田舎しかなかったわけです。

(参:ログに関しては自分の肉体的パワーを考えてギブアップしました。もしもやるなら角ログのダブテールエンド加工のものを積んでいくしかないなとの結論に達していました)

そして仕事は、家具作りを選んだのですが、大学を卒業し、会社でIDをやっていた頃、オークビレッジの初展示会をみて、明確にこの道しかないと思ったのでした。彼らについてはいろいろな事が語られ、稲本さんは先生になってしまいましたが、庄司さんや佃さんの変わらない人柄は魅力です(今は変わってしまった?。それはないと思いますが・・)。

ともあれ、わが町にも多くの方々が移住して来ましたし、今もその流れは続いています。
僕の移住理由は前述のとおりであり、そこには住まいと工房に利用できる古屋があったからです。現在の場所でなければならないという理由は全くなかったのです。単に理想を求めていただけですから。このことを詳らかにすると、地元の方は少し引いてしまうのですが・・。

当初は、相模原(神奈川県)の郊外を探していましたが、土地が高いために北海道を考えました。最終的には親のいる九州へ戻ったのです。

私の徹夜本 2(回廊にて)

2005年11月07日

HPなどをするようになってから小説のたぐいをほとんど読んでいませんが、若い頃に読んだ本の中で、時間の経つのを忘れるほど夢中になれたものを紹介します。現物が手元にありませんので曖昧な記憶での感想をお許しください。

■回廊にて:辻邦生
芸術を通して「生」の意味を問う主人公の魂の奇跡を、日記と関係者の証言をカタカナ混じりの特異(?)な、透明感ある文体でドキュメンタリー風に描き、爽やかで余韻の残る読後感を与えてくれます。それまでの日本人作家とは一線を画す崇高な印象を受けた記憶があります。

あまり紹介される機会はありませんが、「天草の雅歌:辻邦生」も私のお勧めです。長崎奉行通辞、上田与志と混血の美女コルネリアの情愛と惜別を描いたもので、一級の恋愛小説に仕上がっています。結末の深い余韻が心を揺らします。

辻邦生(1926〜1999)
東大仏文科卒。昭和32年、フランス・パリ大学に留学。34年、ギリシャに旅行してパルテノン神殿に接したのを機会に「強い創作衝動に駆られて」、短編「見知らぬ町にて」「城」を執筆、実質的な作家生活に入った。
帰国後の38年、長編小説「廻廊にて」で近代文学賞を受賞。死の影を帯びた滅びの感覚と永遠性の希求という独自のテーマは、その後の辻文学を大きく方向づけるものとなった。43年「安土往還記」で芸術選奨新人賞を、47年には「背教者ユリアヌス」で毎日芸術賞を受賞し、以後、歴史の転換期を生きる人物に新たな光を与え、人間存在の本質を鋭く探る独特の歴史小説を次々と発表した。
(産經新聞 99.07.30より)