2006年07月
- 2006年07月31日: イラク派遣部隊撤収関連 (2)
- 2006年07月26日: 空調ベッド (0)
- 2006年07月22日: 土石流人災説 (4)
- 2006年07月19日: ラウンドトップテーブル (0)
イラク派遣部隊撤収関連
2006年07月31日
NHKのテレビプログラム「クローズアップ現在」において、「安全確保に追われた自衛隊」という番組が放映された(ここラオスで最近視た)。
復興支援でイラクに派遣された自衛隊だったが、サマワの住民の自衛隊の活動内容に対する不満による攻撃が続いた。隊員の安全確保を最優先させるため、想定を超えた様々な事業を行って雇用の拡大を図り、住民の不満の解消を行い、無事2年半の活動を終え、撤収にこぎ付けたというものだった。
番組では、サマワの住民が、雇用や電力事情が改善がされないことなどから自衛隊への不満を露にし、ロケット弾を宿営地に打ち込んだり、日本国旗を踏みつけたりする映像が放映された。
そのシーンだけを見ると、復興支援のために活動している自衛隊に対し、活動内容に不満があるからといって、攻撃を繰り返すイラク国民は、実に失礼に映る。
米、英国は、国連や多数の国の反対を押し切ってイラクを攻撃した。そして、日本は早々に米英支持を表明し、多額の無償援助と自衛隊の派遣を決定した。
(フランス、ドイツ、ロシア等は主権のイラク移譲がはっきししないうちは資金や軍事援助は行わないとした)
番組によると、自衛隊の任務は、「給水・医療指導・公共施設の補修」という説明だった。しかし、イラク特措法によると米英の後方支援が盛られている。
先制攻撃を支持し、アメリカの軍事侵略下のイラクに自衛隊を派遣すれば、イラクからすれば、当然自衛隊は侵略軍と見なされる。
占領軍が来たという彼らの理解でみれば、サマワの人々が活動内容の不満を砲撃によって表現した事を我々は非難できない。
そもそも、アメリカはイラクの石油とその利権を狙い、在りもしない大量破壊兵器の保持を名目にイラクに侵攻した。当然、兵器は発見されなかったし、ブッシュ大統領もイラク派兵を侵略(Iraq Invasion)と表現している。イラク国民からすると実に迷惑至極な話である。
自衛隊の復興活動とそれに関わる雇用が理解されたのかどうかはわからないが、自衛隊が大規模な攻撃を受けなかったのは奇跡だ。
この番組が何を訴えたかったのかよく分からない。基本的な部分に触れず、隊員に対する自衛隊の安全対策にフォーカスが当てられただけだ。
先に述べたように、日本の対イラク対中東外交姿勢には攻撃対象になるだけの要因があり、そこにはまったく触れられていなかったからである。
また、今回の侵攻において、多量の劣化ウラン弾が使用されたようだが、これに関しての安全面については政府も番組もほとんど触れていない。
犠牲者を出さずに撤収を完了できたことは本当に良かった。そして、隊員が被爆していなければいいと思っている。
復興支援でイラクに派遣された自衛隊だったが、サマワの住民の自衛隊の活動内容に対する不満による攻撃が続いた。隊員の安全確保を最優先させるため、想定を超えた様々な事業を行って雇用の拡大を図り、住民の不満の解消を行い、無事2年半の活動を終え、撤収にこぎ付けたというものだった。
番組では、サマワの住民が、雇用や電力事情が改善がされないことなどから自衛隊への不満を露にし、ロケット弾を宿営地に打ち込んだり、日本国旗を踏みつけたりする映像が放映された。
そのシーンだけを見ると、復興支援のために活動している自衛隊に対し、活動内容に不満があるからといって、攻撃を繰り返すイラク国民は、実に失礼に映る。
米、英国は、国連や多数の国の反対を押し切ってイラクを攻撃した。そして、日本は早々に米英支持を表明し、多額の無償援助と自衛隊の派遣を決定した。
(フランス、ドイツ、ロシア等は主権のイラク移譲がはっきししないうちは資金や軍事援助は行わないとした)
番組によると、自衛隊の任務は、「給水・医療指導・公共施設の補修」という説明だった。しかし、イラク特措法によると米英の後方支援が盛られている。
先制攻撃を支持し、アメリカの軍事侵略下のイラクに自衛隊を派遣すれば、イラクからすれば、当然自衛隊は侵略軍と見なされる。
占領軍が来たという彼らの理解でみれば、サマワの人々が活動内容の不満を砲撃によって表現した事を我々は非難できない。
そもそも、アメリカはイラクの石油とその利権を狙い、在りもしない大量破壊兵器の保持を名目にイラクに侵攻した。当然、兵器は発見されなかったし、ブッシュ大統領もイラク派兵を侵略(Iraq Invasion)と表現している。イラク国民からすると実に迷惑至極な話である。
自衛隊の復興活動とそれに関わる雇用が理解されたのかどうかはわからないが、自衛隊が大規模な攻撃を受けなかったのは奇跡だ。
この番組が何を訴えたかったのかよく分からない。基本的な部分に触れず、隊員に対する自衛隊の安全対策にフォーカスが当てられただけだ。
先に述べたように、日本の対イラク対中東外交姿勢には攻撃対象になるだけの要因があり、そこにはまったく触れられていなかったからである。
また、今回の侵攻において、多量の劣化ウラン弾が使用されたようだが、これに関しての安全面については政府も番組もほとんど触れていない。
犠牲者を出さずに撤収を完了できたことは本当に良かった。そして、隊員が被爆していなければいいと思っている。
空調ベッド
2006年07月26日
ラオスも雨季で蒸し暑い。日本からのニュースでも、長雨で鬱陶しいというインタービューが伝えられている。
最近、新聞などで紹介されているという「空調服」なるものを知った。
左右の後脇腹の辺りにバッテリー駆動のインテークファンが付いた衣服である。ここから吸い込んだ空気で汗を気化させ、その気化熱で衣服内部の温度を下げ、快適さを保つというものである。
「(株)空調服」社長である市ヶ谷弘司氏が開発を始めたのは、東南アジア旅行がきっかけだったそうである。将来のエネルギー危機を心配し、エアコンを使わず、日中から夜間まで省エネで快適な商品の必要性を感じたという。
昔、王様のアイデアという店があって(現在もある?)様々なアイデア商品を売っていた。着想は良いが効果はどうなの?と疑うようなものが多く、笑ってしまうようなものも多かったが、結構面白かった。
ヘルメットに装着し、ツーリング中に会話を楽しめるという無線装置に引かれ、職場の同僚と購入したことがあった。
意気揚々と出かけたツーリングではあったが、会話はすぐに途切れた、無理をして話す会話は面白くも何ともないということをたちまち実感したからである。「右前方の景色は綺麗ですねェ・・どうぞ」などと言われてもこちらは「(そうかぁ?)」と思っているわけで、かといって答えないわけにはいかず、「そうですねェ・・どうぞ」と返しても感動のなさは相手にも伝わってしまう。その上、4、50キロ以上では風切り音が激しくて使いものにならなかった。
「空調服」には、そんな商品と同じような胡散臭さを感じたものだが、高温になるゴム製品製造現場からの使用報告によるとなかなか快適らしい。エアコンの効いた部屋で使用すると寒いくらいだそうである。
その「(株)空調服」から販売されているのが、「空調ベッド」である。電動ファンで空気を送る原理は同じ。足元のファンから送られた空気はマットの中を通り、枕の辺りから逃がす。空冷式のマットのようである。
寝返りを打ち、冷たい所がなくなる夏の夜は辛いものだが、何度寝返りを打ってもひんやりして気持ちが良いというのは惹かれる。
有償試作品が販売されているが、1セット29,000円である。興味はあるが、もう少し安ければと思う。何れにせよ、購入された方の使用レポートを読まなければ、今は何とも言えない。
(それよりも、標高4、500mの我家で、そんな商品を使う必要があるほど寝苦しい夜が、どの程度あっただろうかと思い返している・・)
最近、新聞などで紹介されているという「空調服」なるものを知った。
左右の後脇腹の辺りにバッテリー駆動のインテークファンが付いた衣服である。ここから吸い込んだ空気で汗を気化させ、その気化熱で衣服内部の温度を下げ、快適さを保つというものである。
「(株)空調服」社長である市ヶ谷弘司氏が開発を始めたのは、東南アジア旅行がきっかけだったそうである。将来のエネルギー危機を心配し、エアコンを使わず、日中から夜間まで省エネで快適な商品の必要性を感じたという。
昔、王様のアイデアという店があって(現在もある?)様々なアイデア商品を売っていた。着想は良いが効果はどうなの?と疑うようなものが多く、笑ってしまうようなものも多かったが、結構面白かった。
ヘルメットに装着し、ツーリング中に会話を楽しめるという無線装置に引かれ、職場の同僚と購入したことがあった。
意気揚々と出かけたツーリングではあったが、会話はすぐに途切れた、無理をして話す会話は面白くも何ともないということをたちまち実感したからである。「右前方の景色は綺麗ですねェ・・どうぞ」などと言われてもこちらは「(そうかぁ?)」と思っているわけで、かといって答えないわけにはいかず、「そうですねェ・・どうぞ」と返しても感動のなさは相手にも伝わってしまう。その上、4、50キロ以上では風切り音が激しくて使いものにならなかった。
「空調服」には、そんな商品と同じような胡散臭さを感じたものだが、高温になるゴム製品製造現場からの使用報告によるとなかなか快適らしい。エアコンの効いた部屋で使用すると寒いくらいだそうである。
その「(株)空調服」から販売されているのが、「空調ベッド」である。電動ファンで空気を送る原理は同じ。足元のファンから送られた空気はマットの中を通り、枕の辺りから逃がす。空冷式のマットのようである。
寝返りを打ち、冷たい所がなくなる夏の夜は辛いものだが、何度寝返りを打ってもひんやりして気持ちが良いというのは惹かれる。
有償試作品が販売されているが、1セット29,000円である。興味はあるが、もう少し安ければと思う。何れにせよ、購入された方の使用レポートを読まなければ、今は何とも言えない。
(それよりも、標高4、500mの我家で、そんな商品を使う必要があるほど寝苦しい夜が、どの程度あっただろうかと思い返している・・)
土石流人災説
2006年07月22日
今年も大雨による土砂災害が痛ましい。
大規模な土石流の報道がされると、以前、地元の温泉で起きた急斜面の崩壊事故や、2003年に熊本県水俣市を襲った集中豪雨による土石流で、死者15人を出した災害を思いだす。
最近の温暖化による大雨や地質の影響など、土石流には様々な要因があることは理解できる(参考資料:地すべり 砂防広報センター)。しかし、ある知人は言う。急傾斜地に保水効果の低い杉、檜を植え、その上、枝打ちがされていないために、より多くの荷重が狭い範囲の杉の根にかかり、集中豪雨によって容易に保水限界を超えた傾斜地の表層崩落が発生するのは当然であると。
大分県の旧幕府天領であった日田地方では、尾根筋など、崩落発生の危険性が高い部分には広葉樹を植えなければならないという決まりが古くからある。そのために降雨量が多く、急傾斜地が多い地域にもかかわらず、土石流の発生は少ないという。
他の地域にはそのような古くからの守りごとが、あるか否かは知る由もないが、利益優先で持ち山の全てを覆い尽くすように植えられた杉、檜が原因で起きた人災であると、水俣災害発生時に知人はいった。
元々の地質が原因で起きる場合もあるだろうが、無秩序植林(?)からくる植林が原因で発生したケースは多いのではないかと思う。それは日田の例のように、先人は認識しており、対策が行なわれていた例からも、その危険性は証明されている。
だから、人災として再検証されるべきだと思うのであるが、どういうわけか、このことは報道の表層には登場しない。
このままでは、家や土地や人命を失った多くの方々の犠牲は生かされないまま終わってしまう。
ちなみに九州では、1991年、台風19号で起きた多くの倒木の処理に多くの税金が投入され、国道の両脇には広葉樹を植えるべきだという声が上がったのも束の間、採算が取れないといって放置されている杉山が、これだけ多いのにもかかわらず、倒木処理をされた山肌の多くに、再び杉が植えられているのを目にしたとき、私はまたもや声をなくしたのだった。
大規模な土石流の報道がされると、以前、地元の温泉で起きた急斜面の崩壊事故や、2003年に熊本県水俣市を襲った集中豪雨による土石流で、死者15人を出した災害を思いだす。
最近の温暖化による大雨や地質の影響など、土石流には様々な要因があることは理解できる(参考資料:地すべり 砂防広報センター)。しかし、ある知人は言う。急傾斜地に保水効果の低い杉、檜を植え、その上、枝打ちがされていないために、より多くの荷重が狭い範囲の杉の根にかかり、集中豪雨によって容易に保水限界を超えた傾斜地の表層崩落が発生するのは当然であると。
大分県の旧幕府天領であった日田地方では、尾根筋など、崩落発生の危険性が高い部分には広葉樹を植えなければならないという決まりが古くからある。そのために降雨量が多く、急傾斜地が多い地域にもかかわらず、土石流の発生は少ないという。
他の地域にはそのような古くからの守りごとが、あるか否かは知る由もないが、利益優先で持ち山の全てを覆い尽くすように植えられた杉、檜が原因で起きた人災であると、水俣災害発生時に知人はいった。
元々の地質が原因で起きる場合もあるだろうが、無秩序植林(?)からくる植林が原因で発生したケースは多いのではないかと思う。それは日田の例のように、先人は認識しており、対策が行なわれていた例からも、その危険性は証明されている。
だから、人災として再検証されるべきだと思うのであるが、どういうわけか、このことは報道の表層には登場しない。
このままでは、家や土地や人命を失った多くの方々の犠牲は生かされないまま終わってしまう。
ちなみに九州では、1991年、台風19号で起きた多くの倒木の処理に多くの税金が投入され、国道の両脇には広葉樹を植えるべきだという声が上がったのも束の間、採算が取れないといって放置されている杉山が、これだけ多いのにもかかわらず、倒木処理をされた山肌の多くに、再び杉が植えられているのを目にしたとき、私はまたもや声をなくしたのだった。
ラウンドトップテーブル
2006年07月19日
画像は、全国訓練校展のために制作したラウンドトップテーブル。材料はマイドゥーと呼ばれる花梨系の綺麗なものを使用した。ラオスチークと共に、この地域では高級家具材の一つとしてポピュラーな材である。価格も日本円で立米10万円前後と、非常に高価である。
ちなみに、マレーシアと違い、季節によって多少の気温差があるため、木材にははっきりとした年輪が生じている(あまり目立たないものもあるが・・)。
購入した時には、製材したばかりで、まだ湿っていた。日本の常識では使えないが、一週間程度自然乾燥させて使うというこの地域の方法に準じて加工に入ることにした(やはり、地域の方法は尊重しなければならない)。
この地域の材料は、ある程度乾燥させると反りの発生は少ないのである。
地元の習慣とはいえ、含水率はまだ高かったので心配だったが、テーブルということもあり、収縮の悪影響は少ないと考えた。
制作後、展示までの一ヶ月間、一時帰国をした。その間、トタン屋根の強烈な輻射熱下の実習場に置かれていたが、故障は発生していなかった。
ただし、コマ留めのコマは、甲板(テーブルトップ)の収縮に伴い、動き代いっぱいまで移動していた。
甲板の仕上げは、ここの習慣に従って、電動鉋で目違いを取り、次いで、電動ベルトサンダーで仕上げる。
ベトナム人大工はこの方法で実に手の込んだ家具、内装一式を仕上げるのである。