2008年07月
  1. 2008年07月16日: 湯の倉水没 (0)
  2. 2008年07月13日: アゲハ (2)
  3. 2008年07月07日: 鉄道、そして蒸気機関 (0)

湯の倉水没

2008年07月16日

先の岩手宮城内陸地震によって宮城北部の町、築館市が俄に有名になった。
築館は私が25年前から4年間過ごした町だ。ニュースで話題を提供することもない小さな町だった。マスコミで名前が出てくるのは懐かしいが、事が天災なだけに心が痛む。

築館から車で30分位山手に入ると花山村があった。冬の花山は大袈裟にいえば、当時の我々には秘境(!?)に写った。なにしろ、一面真っ白な本格雪世界を見るのは、ここが始めてだったのだ。

はっきりとは覚えていないが、花山入って暫くすると、民宿を兼ねた山内食堂があった。
深い雪を踏みしめて入ったこの食堂で、熱燗を飲んだ。客もなく、音もなく、外ではひたすら雪が降り、食堂の無口なおばさんは、時折ストーブに薪をくべるのだ。
幾度も無意識のうちに刷り込まれているせいだろうか、こういった情景下では、見事に、理由なく演歌的叙情になってしまう自分がいる。それも、結構楽しいが・・。

その先に、佐藤旅館があった。古い旅館だった。ネットで調べると秘湯 温湯温泉 佐藤旅館となっている。こここを過ぎ、車を置いて20分位歩いた所に湯の倉温泉がある。

電気が来ていなくて、夜はランプ。だから「ランプの宿」として知られていた。川の一部を囲って、そこに温泉を引き入れていた。だから増水すると入れないし、夏場はアブが多くて大変だったが、実に情緒があった。
木工所の親方の奥さんが築館の出身で、親方ともここへ来たことがある。夜遅くまでランプの灯で酒を酌み交わした。今思えば随分世話になったものだ。
(最近は、お客も増え、モラルも低下してあまりよくないという書き込みを見た・・残念)
今回の地震で川がせき止められて水位が上り、遂に建物が浮いて流されているのをニュースで見た。
再開は可能だろうか?。
佐藤旅館や山内食堂は無事だろうか?
この先、訪れることがあるだろうか?

余談だが、山内食堂の隣には、廃校となった花山村立花山小学校温湯分校があった。規模といい雰囲気といい実によくて、家具工房にできたら最高だろうなと思ったものだった。何度も通い、勝手に検討したが止めにした(正式に使用できるかどうかも訊いていないのに!)。
都市部からあまりに遠いと考えたからだ。

アゲハ

2008年07月13日

アゲハここでは、クロアゲハはポピュラーだが、純粋なアゲハは少ない。春先に出て秋までに数回観る位である。柑橘系樹木が少ないせいだと思っていたが、山椒にも産卵するらしい。山椒なら山の中に結構自生しているから、それで細々生き延びているのかと勝手に納得していた。

調べてみると、平地には多いが、標高の高い場所では少ないらしい。ただし、どの位の高さまで生息しているのかは不明とある。それが当地で少ない理由かもしれない。ちなみに、この辺りは標高450m前後。

今朝、羽化して間もないアゲハが、朝露の残る笹の葉で出陣準備をしている。
以前に植えた、ユズ、カボス、スダチの葉に幼虫がたかっていた。それが無事成虫になったのかもしれないと、都合よく解釈している。

わざわざ、写真まで撮ってリストアップするほど珍しいものではないことは理解している。リストしたいのは鳥。結構珍しいものを観るが、自分が知らないだけなのかもしれないし、見かけても、おそらくシャッタータイミングを得る可能性はほとんどないだろう。

何れにせよ、羽化や誕生とは気持ちのいいものである。

鉄道、そして蒸気機関

2008年07月07日

阿蘇地域では、JR九州が蒸気機関車を走らせていた。最近目にしなかったのだが、老朽化によって傷んだボイラーの修理をしているということをニュースで知った。

蒸気機関車の修理画面を見て思ったのは、その昔、実用化させた時分から一般化した頃まで、ピストンとシリンダーのシーリングはどうなっているのだろうということだった。

蒸気機関車や、映画で有名なタイタニックの蒸気機関は、蒸気でピストンを押す。押されたピストンは逆方向からの蒸気によって元の位置に戻る。つまり、ピストンの往復運動の両方向で蒸気の圧力を用いている。
膨大な重量のある車両を引っ張る動輪を回すためのピストンを押す蒸気圧を得るため、おそらく、ボイラーは圧力鍋状態にしてあり、強大な蒸気圧を発生させているに違いないなと思った。その時にシーリングに関心を持った次第・・・(多少調べたが出て来なかったから、終わりにした)。

所で、タイタニックなどの大型船舶に用いられた蒸気機関だが、ボイラーからの高圧蒸気は最初のシリンダーに送られてピストンを押して排出される。しかし、まだ高圧状態でエネルギーを持っているため、さらに低圧用のシリンダーに送られてピストンを押す。高圧、中圧、低圧の3段階のシリンダーを備える蒸気機関もある。
蒸気は圧力が下がっていくごとに膨張していくためシリンダーの直径は増えていき、直径はおよそ、1.5m(高圧用)〜2.5m(低圧用)程度。ストロークは2m程度(実に巨大)。
(ちなみに、タイタニックは4シリンダー3段膨張機関。現在の大型タンカーのジーゼル機関のシリンダー径は、およそ1m前後だと記憶している)

ロンドンにあるサイエンスミュージアムには、巨大な蒸気エンジンが展示してあり圧倒される。これらのシリンダーやエンジンを加工した、当時のマザーマシンも大したものだと思う。やはり、蒸気駆動なのだろう。

余談だが、機関車の動輪にはデファレンシャルギアがない。軌道にはカーブがあるので当然内外輪には回転差が生じる。これをどうやって吸収しているのかということだが、外側の直径が小さく、円錐状になっている列車特有の車輪に、その秘密がある。
また、軌道のレール幅は、カーブの曲率によって若干広く作られている。列車がカーブに差し掛かると遠心力で車輪や車体はレールの外側に移動し、車輪のつば部分で押えられる。カーブ外側の車輪は車輪内側の最も直径が大きい部分でレールで接し、内側の車輪はレールが広がった分だけ外側の、若干直径が小さくなった部分で接する。この円周差によってスムースに曲がるのである。
つまり、あるカーブの軌道は、曲率、通過速度、レールの開き幅、軌道カント(軌道の傾斜角)、カントへのアプローチ(勾配)が厳密に決められている。これによって、スムースにカーブを通過することができる。
(記憶違いによる間違いがあるかもしれません。その場合はご指摘下さい)

鉄道は今となればローテクかもしれないが、、蒸気機関そのものの開発も大変重要な要素であるし、上記の軌道設計を始め、安全を保障する運行管理、保守管理等、輸送システム全体の構築ということを考えると、当時としては大変な事業だったに違いないと思う。

植民地時代のヨーロッパの覇権主義は、時にいまいましい。しかし、彼らが旧植民地に残した鉄道は、基礎技術確立までの苦労など、まるでイメージさえできない、のどかな機関手が、今日も古い蒸気機関車を走らせ、ローテクであろうが何であろうが、ローコストな輸送手段として途上国の庶民の生活を支え続ける。