個別記事
ラオス・サワナケートに来る
2004年12月16日
ラオスに来て早二ヶ月になろうとしています。
現在は、学校祭に出品するためのセミダブルベッドを担当学生と共に制作しています。学校祭まで時間がないのでたいへんです。
首都ビエンチャンには、オリエンテーションや表敬訪問等のスケジュールで一週間滞在し、赴任先のサワナケートへ来ました。現在は利用者不足から飛行機の運行が中止されており、車で7時間前後かかります。休航に関しては聞いていませんでしたのでちょっとショックでした。ビエンチャンへ気軽に出れないということは業務に関してもかなり支障が予想されるからです。
任地到着後、様々な役所に表敬訪問し、職場や作業場の確認、前任者との業務の引継ぎ、銀行口座の開設、住まいの選定、同契約、各種申請書類の提出等々、何かと忙しい日々が続きます。その間、空いた時間には実習場の諸設備や学生の実習をチェックです。
住まいが決まるまでトータルでおよそ40日間ホテルに滞在しました。ホテルではインターネットの利用ができませんでしたので、引越し後にプロバイダーとの契約を終えました。そのためにメールの返事が遅れ大変ご迷惑をおかけしました。
実習場には旧ソビエトとフランス製の古い木工機械が入っていますが、おそらく長い間無調整で使われてきたのでしょう、すごい状態です。先ずは機械類の調整から始めることにしました。
日本からの援助で手押し鉋盤、自動鉋盤、昇降盤、角鑿盤、ベルトサンダーが入っていますからかなり助かります。しかし、角鑿の材料押さえ装置が機能していなくて、この原因究明、修理に一日かかってしまいました。
次はソ連製のモータイザー(柄穴加工機)です。テーブルに凄まじいガタがあったため、全ての摺動部をばらしてチェックしました。摺動部は削り直しか作り直しをしなければならないレベルでした。とりあえずガタは取りましたが、限界状態です。
さらにソ連製ラジアルアームソーのスライド部分の調整を行った所で学校祭の開催が決定され、急遽、依頼されたベッドのデザインを決めて図面を描き、学生を指導しながら制作に取り掛りました。そのころ、実習場に盗人が入り、日本製昇降盤の縦挽定規を持っていかれたのです。これには立ち眩みものでした。
機械の調整に加え、どういうわけか家具製作用の基本的各種治具類が何もありませんから、合せて治具類も制作しなければなりません。盗まれた縦定規の代替品もです。治具を作るといっても木ネジや下穴用のドリルビットもありませんし、便利な横切盤やベニヤを切る昇降盤用治具も無いのでもう笑いがでるほど楽しめるのです。
では、どうやって家具を作っているのかといいますと、基本は柄組み工法です。木ネジはないので締結は釘打ちです。押さえ装置の作動しない角鑿はあまり使わず、すごいガタのモータイザーで柄穴を開け、テノーナー(柄加工機)はありませんから柄の角をヤスリで丸くして組み立てていました。勿論、現在は修理の終わった角鑿盤を使っています。
初めてビエンチャンのワッタイ空港に降り立ち、ゲートを出たところで、出迎えに来ていたラオスの方々と初めて対面しました。「人の良さ」という波動が感じられる人垣は明らかに前任地マレーシアとは違いました。もちろん犯罪の発生はありますが、夜の町を歩いてもワニ目で威嚇する人々も、ガンを切り通す必要もなく、たしかに「微笑みの国」といわれるだけのことはあったのです。
ラオスはアジアでの最貧国の一つといわれますが、仏教精神に裏打ちされた精神的な豊かさを人々に感じるのは新鮮でした。サワナケートは物質的な側面で見れば貧しくて不便な土地ですが、私にとってこの国に来られたことは幸運だと思っています。そして、何かお役に立って帰国したいものだと―。
(写真はサワナケート側からメコン河をはさんでタイのムクダハンを望む。AM6時半頃。)
現在は、学校祭に出品するためのセミダブルベッドを担当学生と共に制作しています。学校祭まで時間がないのでたいへんです。
首都ビエンチャンには、オリエンテーションや表敬訪問等のスケジュールで一週間滞在し、赴任先のサワナケートへ来ました。現在は利用者不足から飛行機の運行が中止されており、車で7時間前後かかります。休航に関しては聞いていませんでしたのでちょっとショックでした。ビエンチャンへ気軽に出れないということは業務に関してもかなり支障が予想されるからです。
任地到着後、様々な役所に表敬訪問し、職場や作業場の確認、前任者との業務の引継ぎ、銀行口座の開設、住まいの選定、同契約、各種申請書類の提出等々、何かと忙しい日々が続きます。その間、空いた時間には実習場の諸設備や学生の実習をチェックです。住まいが決まるまでトータルでおよそ40日間ホテルに滞在しました。ホテルではインターネットの利用ができませんでしたので、引越し後にプロバイダーとの契約を終えました。そのためにメールの返事が遅れ大変ご迷惑をおかけしました。
実習場には旧ソビエトとフランス製の古い木工機械が入っていますが、おそらく長い間無調整で使われてきたのでしょう、すごい状態です。先ずは機械類の調整から始めることにしました。
日本からの援助で手押し鉋盤、自動鉋盤、昇降盤、角鑿盤、ベルトサンダーが入っていますからかなり助かります。しかし、角鑿の材料押さえ装置が機能していなくて、この原因究明、修理に一日かかってしまいました。
次はソ連製のモータイザー(柄穴加工機)です。テーブルに凄まじいガタがあったため、全ての摺動部をばらしてチェックしました。摺動部は削り直しか作り直しをしなければならないレベルでした。とりあえずガタは取りましたが、限界状態です。
さらにソ連製ラジアルアームソーのスライド部分の調整を行った所で学校祭の開催が決定され、急遽、依頼されたベッドのデザインを決めて図面を描き、学生を指導しながら制作に取り掛りました。そのころ、実習場に盗人が入り、日本製昇降盤の縦挽定規を持っていかれたのです。これには立ち眩みものでした。
機械の調整に加え、どういうわけか家具製作用の基本的各種治具類が何もありませんから、合せて治具類も制作しなければなりません。盗まれた縦定規の代替品もです。治具を作るといっても木ネジや下穴用のドリルビットもありませんし、便利な横切盤やベニヤを切る昇降盤用治具も無いのでもう笑いがでるほど楽しめるのです。
では、どうやって家具を作っているのかといいますと、基本は柄組み工法です。木ネジはないので締結は釘打ちです。押さえ装置の作動しない角鑿はあまり使わず、すごいガタのモータイザーで柄穴を開け、テノーナー(柄加工機)はありませんから柄の角をヤスリで丸くして組み立てていました。勿論、現在は修理の終わった角鑿盤を使っています。
初めてビエンチャンのワッタイ空港に降り立ち、ゲートを出たところで、出迎えに来ていたラオスの方々と初めて対面しました。「人の良さ」という波動が感じられる人垣は明らかに前任地マレーシアとは違いました。もちろん犯罪の発生はありますが、夜の町を歩いてもワニ目で威嚇する人々も、ガンを切り通す必要もなく、たしかに「微笑みの国」といわれるだけのことはあったのです。
ラオスはアジアでの最貧国の一つといわれますが、仏教精神に裏打ちされた精神的な豊かさを人々に感じるのは新鮮でした。サワナケートは物質的な側面で見れば貧しくて不便な土地ですが、私にとってこの国に来られたことは幸運だと思っています。そして、何かお役に立って帰国したいものだと―。
(写真はサワナケート側からメコン河をはさんでタイのムクダハンを望む。AM6時半頃。)
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