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田舎暮らしに憧れた頃 2

2005年11月08日

どうして手作り、自家賄い願望が強いのかは自分でも不思議です。

できると思われる範囲のことはトライし、確認したいという思いが強いのです。特に伝統的に行われてきた保存食、発酵技術には大きな関心がありました。その点でも、田舎には伝統的な食の伝統が残っているわけで、私の中では、ともかく田舎に行かなければならないということになってくるのでした。

余談ですが、当時は「自然食通信」という雑誌が発行され始めた頃で、田舎で手作りという私の希望にぴったりの雑誌でした(今も在る?)。

また、家作りも大きな目標の一つでした。欧米では、個人が時には数年をかけて個々の理想の住居を作っている事例 ―多くは立派過ぎて私ができる範囲を超えていると思われるものが多かったのですが― を見たり、建築許可が下りたばかりの2×4住宅を自分の手で建て、資料を実費で配布してくれていた千葉の照沼さんからテキストを譲ってもらったり、急速に広まりつつあったログハウスブームの中で、真剣にログを検討したりしたものです。
家作りにしても土地のことを考えると、はやり購入しやすい田舎しかなかったわけです。

(参:ログに関しては自分の肉体的パワーを考えてギブアップしました。もしもやるなら角ログのダブテールエンド加工のものを積んでいくしかないなとの結論に達していました)

そして仕事は、家具作りを選んだのですが、大学を卒業し、会社でIDをやっていた頃、オークビレッジの初展示会をみて、明確にこの道しかないと思ったのでした。彼らについてはいろいろな事が語られ、稲本さんは先生になってしまいましたが、庄司さんや佃さんの変わらない人柄は魅力です(今は変わってしまった?。それはないと思いますが・・)。

ともあれ、わが町にも多くの方々が移住して来ましたし、今もその流れは続いています。
僕の移住理由は前述のとおりであり、そこには住まいと工房に利用できる古屋があったからです。現在の場所でなければならないという理由は全くなかったのです。単に理想を求めていただけですから。このことを詳らかにすると、地元の方は少し引いてしまうのですが・・。

当初は、相模原(神奈川県)の郊外を探していましたが、土地が高いために北海道を考えました。最終的には親のいる九州へ戻ったのです。
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