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シンプルについて

2006年02月03日

シンプルとはどういうことなのか、主に家具を念頭に置いて考えてみました。

シンプルなものとは一体何か(思いつくままに―)。
■余計なものを取り去ったもの。
余計なものとは・・。
装飾的なもののように機能に直接影響しないものでしょうか。
家電で言えば、ボディに印刷された花柄(ここラオスでは花柄の印刷されていない電気ポットなどを探すのが難しい)、プラスチックボディの表面に付けられた凹凸、家具で言えば彫り物(?)等でしょうか。

■さまざまな造形要素を整理したもの。
直線、曲線、及びそれらから構成される面 等の簡略化。さまざまな様式の混合を避けたもの。
例えば直線だけで構成された椅子(昔の小学校で使われていた木製の椅子)等。

■素材の整理・統合化。
違和感のある素材の組み合わせを避けたもの。
例えばオイルフィニッシュされたフレームに、ビニールコーティングされたペーパーコードを用いない等(この組み合わせを不自然と考えない方もいる場合は御容赦)。

ただ単に「シンプル=単純」と解釈したモノを作るのなら上記の条件だけでもいいのかもしれません。しかし、シンプルで綺麗、まとまっているなど、高い評価を受けている製品の場合、そこにはさらなる付加価値が含まれているように思います。

シンプルな椅子や家具というものは、全体のフォルムと共に、各部寸法のバランスの高さが重要なってきます。つまり、全体も部分も完成され、その調和がとれているということでしょうか。
加飾で曖昧にされた各部の完成度のレベルが、加飾を取り去ることによって構成の本質的な関係の完成度というものが暴かれるのです。

そこで問題となってくるものは、その製品、作品の骨格であろうと思われます。骨格とは簡単に言えば「○○風デザイン」といってもいいような、基本となるイメージの主体です。その骨格がどこまでデザイナーやモデラー、あるいは作者や作家の解釈で醸成しているかにより、そのものの完成度が決まってくると思えます。
例えば、シンプルなデザインで多くの人々を魅了するシェーカーファニチャーでも、さまざまな様式をベースにアレンジされていて、シェーカーに於ける様式の影響について仔細に述べられた記事もあります。
また、さまざまな形状をアレンジする状況で、処理の整合性をどれだけ認識しているかという能力が重要になってくる場合もあるでしょう。

では、それで感動を与えられるような製品になるのかといえば、それだけではないという点が難しいのです。それで多くの方を納得させられる製品ができれば、私のような凡庸な才能の持主の苦労はありません。
永い間にインプットされたさまざまなイメージがある瞬間に昇華し、才能を超えるものが産みだされる場合があるようですが、この話はさておき・・。

洗練されたシンプルな製品を生み出すことは、相当の努力が必要になってくるのは間違いのないところです。そして、絶えざる努力が「シンプル=単純」ではなく、シンプルで魅力のある製品を生みだすことに繋がるのでしょう。

これは自分自身について書きました。他の方の方法や視点を視野に入れたものでも批判でもありませんので誤解のなきよう。
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