個別記事
最強の椅子
2006年03月08日
椅子の作り手として、使い手として、最強と思う椅子がある。
スラットバックチェアー(注1)である。スラットとは薄板という意味で、背もたれに使われている薄い板を指す。また、ラダーバックチェアーやポスト&ラン(注2)チェアーとも呼ばれている。
シェーカーの椅子といったほうが一般的で分り易いかもしれない。私が制作したスラットバックチェアーも「シェーカーですね」と、言われる。しかし、シェーカーではない。シェーカーのサイドチェアーの原点である。
(注1:現在手持ちの唯一の画像。ページ最下段)
(注2:ラン、又は日本語読みだとラング(?)/ Rung:貫)
この椅子が何故、最強であり、究極と考えるのか、シンプルに見えるこの椅子に隠された驚くべき事実を述べたい。
この椅子はラテン諸国(地中海沿岸諸国)で生まれた。よって、正確にはラテン・スラットバックチェアーという。起源は古く、中世だといわれる。当時の木版画には、この椅子と同じ構造をしたスツールが描かれている。そして、現在までに世界で最も数多く作られた椅子である。
この椅子は生木から作られていた。つまり、西洋で言う所のグリーンウッドワーキングの技術で作られた椅子である。
西洋にはグリーンウッド(生木)ワーキングというジャンルの木工技術がある。生木を用いる理由は、柔らかくて加工しやすいからである。ところが、生木は多量の水分で満たさせている。そのため、乾燥に従って収縮する。通常、一般の家具製作では水分の多い(含水率の高い)木材は使えない。
職人達は木材を伐採し、必要な長さに玉切りする、次に割ることによって全ての材料を木取る。この作業が、将来的にこの椅子に故障を生じさせない重要なポイントの一つになる。つまり、割ることによって得た木材の繊維は切断されずに長いまま部材の長手方向に走っている。これは部材の強靭さを保障し、変形を最小限にとどめることになる。
次に全ての部品は旋盤で丸く削られる。動力のない時代、四角に加工するのは多くの労力が必要である。それに比べ、足踏み式の旋盤を使用し、切り倒したばかりの水分の多い材料を丸くすることは簡単である。薪割りに使う斧を用いても丸くできるのである。これは、英国で足踏み式旋盤を用いて実際に試したことがあるのでよく分かる。
当然、貫(ストレッチャー)も丸である。丸いストレッチャーは丸い脚に挿入される。つまりダボ構造である。しかし、ダボ構造は強度的に弱いという特徴がある。ご承知のように、木材の木口には接着剤はあまり効かない。そして丸穴内部は、その全周のほとんどが木口だからである。
ところが、この椅子には、構造的な弱点を長い時間をかけて解決してきた歴史がある。
脚は大まかな乾燥状態で用いる。ストレッチャーは完全に乾燥させて用いる。組み立てた後、水分の多い脚は引き続き乾燥が進む。乾燥の進行によって脚は収縮し、ストレッチャーを締めていく。これによってストレッチャーは抜けにくくなるのである。
また、前と横のストレッチャーが作る角度の二等分角に直交するように年輪を配置させる。これにより、丸脚の乾燥が進むと、前と横のストレッチャーを均等に締める。丸脚であるがために、年輪を最適な角度で配置する事ができるのである。
さらに、ストレッチャーの柄(ホゾ)部分には全周にわたってV型のノッチが切ってあり、脚は収縮によってこの部分に食い込む。また、柄の側面になる部分は、その一部を削り取って平滑に加工される。この部分はフラッターと呼ばれ、丸脚はこの部分にも食い込み、共に抜け防止として機能する。貫側面にフラッターを配置するのは、木材は縦方向にはほとんど収縮しないからである。このような機能によって柄が抜けるという事故の発生を防ぐ事ができる。生木の弱点を見事に逆手に取った構造には驚愕した。
加えて、ストレッチャーは通常、前、横共に3本づつ入っている。ある日本の木工資料によるとシャーカーの椅子はこの多接構造によって強度を保っていると解説してある。それは正しい。しかし、先に述べた木材の収縮を考慮した構造を抜きにしてはこのタイプの椅子の構造は語れない。
さらに、この椅子は通常、奥行きが浅い。この構造も後足にかかるストレスをできるだけ軽減し、故障を減じる歴史的な結論だと思う。
このような手法によって製作されたこの椅子は、ストレッチャーが緩むというような故障はほとんど発生しない。歴史が培った技術に私は呆然としたものである。
この椅子は、通常座面が小さい。始めて座ると若干窮屈に感じる。しかし、以前このブログで書いたように、慣れてくると違和感はなくなる。座面に少しばかりつけられた角度を持つダイニングチェアーよりもよほど疲れない。この椅子に安楽椅子的な休息を求めないならば何の問題もない。
小振りなために狭いダイニングスペースにも、小さめのテーブルにもフィットする。そして、何より軽いのがいい。主婦でも片手で簡単に持ち上げる事ができるので、掃除の時に実に楽だという。
デザイン的にみて、この椅子は何の加飾も施されていない(注3)。この椅子のキャラクターを決定しているのは、丸い部材、座編みによるシートである。強いて加えるならば、薄板による階段状の背もたれと、曲げ加工によって緩い曲線を描く後足である。
これらの数少ない丸い部材と天然素材によるシートにより、暖かく優しい雰囲気を醸して飽きることがない。
(注3:欧米に残る、グリーンウッドワーカーの作る伝統的なスラットバックチェアーの場合、そのオリジナリティを強く残す。むしろ、シェーカーのサイドチェアーのほうがピリオドスタイルの投影を感じる)
終わりに。
この椅子は日本ではあまり馴染みがない。そして、その構造もまた日本ではほとんど知られていない。先日逝去されたファニチャーデザイナーの佐々木敏光氏も、私の説明に驚嘆された。この技術を応用した椅子は苛酷な環境(過乾燥状態)に置かれるほど強度を増す。そして、Yチェアーやセブンチェアーほど建築家に着目されてはいないが、そこには中世から時代を超えて使われてきた永遠のスタンダード性が確かにある。
この両側面において、誤解を恐れず「最強の椅子」とタイトルをつけたのである。
スラットバックチェアー(注1)である。スラットとは薄板という意味で、背もたれに使われている薄い板を指す。また、ラダーバックチェアーやポスト&ラン(注2)チェアーとも呼ばれている。
シェーカーの椅子といったほうが一般的で分り易いかもしれない。私が制作したスラットバックチェアーも「シェーカーですね」と、言われる。しかし、シェーカーではない。シェーカーのサイドチェアーの原点である。
(注1:現在手持ちの唯一の画像。ページ最下段)
(注2:ラン、又は日本語読みだとラング(?)/ Rung:貫)
この椅子が何故、最強であり、究極と考えるのか、シンプルに見えるこの椅子に隠された驚くべき事実を述べたい。
この椅子はラテン諸国(地中海沿岸諸国)で生まれた。よって、正確にはラテン・スラットバックチェアーという。起源は古く、中世だといわれる。当時の木版画には、この椅子と同じ構造をしたスツールが描かれている。そして、現在までに世界で最も数多く作られた椅子である。
この椅子は生木から作られていた。つまり、西洋で言う所のグリーンウッドワーキングの技術で作られた椅子である。
西洋にはグリーンウッド(生木)ワーキングというジャンルの木工技術がある。生木を用いる理由は、柔らかくて加工しやすいからである。ところが、生木は多量の水分で満たさせている。そのため、乾燥に従って収縮する。通常、一般の家具製作では水分の多い(含水率の高い)木材は使えない。
職人達は木材を伐採し、必要な長さに玉切りする、次に割ることによって全ての材料を木取る。この作業が、将来的にこの椅子に故障を生じさせない重要なポイントの一つになる。つまり、割ることによって得た木材の繊維は切断されずに長いまま部材の長手方向に走っている。これは部材の強靭さを保障し、変形を最小限にとどめることになる。
次に全ての部品は旋盤で丸く削られる。動力のない時代、四角に加工するのは多くの労力が必要である。それに比べ、足踏み式の旋盤を使用し、切り倒したばかりの水分の多い材料を丸くすることは簡単である。薪割りに使う斧を用いても丸くできるのである。これは、英国で足踏み式旋盤を用いて実際に試したことがあるのでよく分かる。
当然、貫(ストレッチャー)も丸である。丸いストレッチャーは丸い脚に挿入される。つまりダボ構造である。しかし、ダボ構造は強度的に弱いという特徴がある。ご承知のように、木材の木口には接着剤はあまり効かない。そして丸穴内部は、その全周のほとんどが木口だからである。
ところが、この椅子には、構造的な弱点を長い時間をかけて解決してきた歴史がある。
脚は大まかな乾燥状態で用いる。ストレッチャーは完全に乾燥させて用いる。組み立てた後、水分の多い脚は引き続き乾燥が進む。乾燥の進行によって脚は収縮し、ストレッチャーを締めていく。これによってストレッチャーは抜けにくくなるのである。
また、前と横のストレッチャーが作る角度の二等分角に直交するように年輪を配置させる。これにより、丸脚の乾燥が進むと、前と横のストレッチャーを均等に締める。丸脚であるがために、年輪を最適な角度で配置する事ができるのである。
さらに、ストレッチャーの柄(ホゾ)部分には全周にわたってV型のノッチが切ってあり、脚は収縮によってこの部分に食い込む。また、柄の側面になる部分は、その一部を削り取って平滑に加工される。この部分はフラッターと呼ばれ、丸脚はこの部分にも食い込み、共に抜け防止として機能する。貫側面にフラッターを配置するのは、木材は縦方向にはほとんど収縮しないからである。このような機能によって柄が抜けるという事故の発生を防ぐ事ができる。生木の弱点を見事に逆手に取った構造には驚愕した。
加えて、ストレッチャーは通常、前、横共に3本づつ入っている。ある日本の木工資料によるとシャーカーの椅子はこの多接構造によって強度を保っていると解説してある。それは正しい。しかし、先に述べた木材の収縮を考慮した構造を抜きにしてはこのタイプの椅子の構造は語れない。
さらに、この椅子は通常、奥行きが浅い。この構造も後足にかかるストレスをできるだけ軽減し、故障を減じる歴史的な結論だと思う。
このような手法によって製作されたこの椅子は、ストレッチャーが緩むというような故障はほとんど発生しない。歴史が培った技術に私は呆然としたものである。
この椅子は、通常座面が小さい。始めて座ると若干窮屈に感じる。しかし、以前このブログで書いたように、慣れてくると違和感はなくなる。座面に少しばかりつけられた角度を持つダイニングチェアーよりもよほど疲れない。この椅子に安楽椅子的な休息を求めないならば何の問題もない。
小振りなために狭いダイニングスペースにも、小さめのテーブルにもフィットする。そして、何より軽いのがいい。主婦でも片手で簡単に持ち上げる事ができるので、掃除の時に実に楽だという。
デザイン的にみて、この椅子は何の加飾も施されていない(注3)。この椅子のキャラクターを決定しているのは、丸い部材、座編みによるシートである。強いて加えるならば、薄板による階段状の背もたれと、曲げ加工によって緩い曲線を描く後足である。
これらの数少ない丸い部材と天然素材によるシートにより、暖かく優しい雰囲気を醸して飽きることがない。
(注3:欧米に残る、グリーンウッドワーカーの作る伝統的なスラットバックチェアーの場合、そのオリジナリティを強く残す。むしろ、シェーカーのサイドチェアーのほうがピリオドスタイルの投影を感じる)
終わりに。
この椅子は日本ではあまり馴染みがない。そして、その構造もまた日本ではほとんど知られていない。先日逝去されたファニチャーデザイナーの佐々木敏光氏も、私の説明に驚嘆された。この技術を応用した椅子は苛酷な環境(過乾燥状態)に置かれるほど強度を増す。そして、Yチェアーやセブンチェアーほど建築家に着目されてはいないが、そこには中世から時代を超えて使われてきた永遠のスタンダード性が確かにある。
この両側面において、誤解を恐れず「最強の椅子」とタイトルをつけたのである。
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