個別記事
ニホン
2006年08月13日
発展の速度は遅く、その兆しは希薄だが、ここサワナケートは実にのどかで平和である。多くの家庭では、夕刻、庭先に置かれた台の上でおしゃべりをし、涼を取る。
体制のせいか、貧しいせいか、家族親戚一族の相互扶助の思いが堅く、互いに、生きるために融通し合う。
未だ、深く生活に根付いている仏教精神に裏打ちされた、持てるものが持たないものへの施しは、極当たり前のことである。だから、富める国々からの援助は当然(失礼、おそらく)のこととして受け止められている。
最近ラオスを去ったJICAオフィサーは自問する。ラオスは本当に貧しいのか?ラオスに変化は必要か?と。
ラオスへの援助について、ここでは触れない。しかし、公園では子供達が伸び伸びと遊び、同伴の親達が幼児犯罪に対しての無頓着さを見ると、何が幸せかを思う。
ラオスでは、日本は憧れの国である。日本行きが叶った一部の公務員の幸せと期待に溢れた喜びは大変なものである。
今日の日本の、子供に対する虐待や犯罪の発生は尋常ではない。
老人ホームでは、動く事のできない無力な女性が看護士からセクハラの被害にあったことが、娘の努力で明かになった。相当ひどい事が行なわれていると、コメントを行なった学者はいう。その事実を知っているなら、あなたもその分野の専門家の一人として、もう少し改善の努力をせぇと怒鳴りたくなった。
ラオスの人々よ。あなた方が行きたい、住みたいという日本はこのような国へなった。もちろん、今だ親切で人の良さという国民性は絶えてはいないが、ここには我々が失って久しい古きよき日本と同じものが、今も息づいている。
体制のせいか、貧しいせいか、家族親戚一族の相互扶助の思いが堅く、互いに、生きるために融通し合う。
未だ、深く生活に根付いている仏教精神に裏打ちされた、持てるものが持たないものへの施しは、極当たり前のことである。だから、富める国々からの援助は当然(失礼、おそらく)のこととして受け止められている。
最近ラオスを去ったJICAオフィサーは自問する。ラオスは本当に貧しいのか?ラオスに変化は必要か?と。
ラオスへの援助について、ここでは触れない。しかし、公園では子供達が伸び伸びと遊び、同伴の親達が幼児犯罪に対しての無頓着さを見ると、何が幸せかを思う。
ラオスでは、日本は憧れの国である。日本行きが叶った一部の公務員の幸せと期待に溢れた喜びは大変なものである。
今日の日本の、子供に対する虐待や犯罪の発生は尋常ではない。
老人ホームでは、動く事のできない無力な女性が看護士からセクハラの被害にあったことが、娘の努力で明かになった。相当ひどい事が行なわれていると、コメントを行なった学者はいう。その事実を知っているなら、あなたもその分野の専門家の一人として、もう少し改善の努力をせぇと怒鳴りたくなった。
ラオスの人々よ。あなた方が行きたい、住みたいという日本はこのような国へなった。もちろん、今だ親切で人の良さという国民性は絶えてはいないが、ここには我々が失って久しい古きよき日本と同じものが、今も息づいている。
トラックバックURL
この記事へのトラックバックは下記のURLをコピーしてください。
この記事のトラックバックURL:
http://app.blog.livedoor.jp/ur8823/tb.cgi/50474595
この記事のトラックバックURL:
http://app.blog.livedoor.jp/ur8823/tb.cgi/50474595
この記事へのコメント
1. Posted by acanthogobius
2006年08月14日 13:14
日本に住む私としても日本は決して良い方向へは
向かっていないだろうな思うことがあります。
何が良い方向なのかと言われても具体的には良く分からず
何か漠とした感覚でしかないのですが。
かといって自分でどうしたら良いのかも分からず日々の
生活に追われている状態です。
katsuさんの帰国の時期もそろそろだと思われますが
いずれ、この日本に帰って現地での体験はどのように
日本での生活に反映されるのでしょうか。
向かっていないだろうな思うことがあります。
何が良い方向なのかと言われても具体的には良く分からず
何か漠とした感覚でしかないのですが。
かといって自分でどうしたら良いのかも分からず日々の
生活に追われている状態です。
katsuさんの帰国の時期もそろそろだと思われますが
いずれ、この日本に帰って現地での体験はどのように
日本での生活に反映されるのでしょうか。
2. Posted by katsu
2006年08月15日 08:54
中々難しい問題で、簡単には書けませんが・・。
人々や地域の中に自然に息づく宗教的な習慣や雰囲気。あるいは、それを補完するような哲学的な人間への視点。もしくは、以前書いたインテリジェントデザインの考え等をベースにした所からきている人間存在への考え方。等々が薄れてしまったところが問題の根底にあると思っています。
物質文明の対極にあるものでしょうか。
震災のような極限的な状況では、多くの場合、相互扶助へ向かいますから、人間はそもそもそのような存在だと私は思っていますが、この日本の状況を改善していくことは容易ではないとだけしか言えません。極めてジェネラルで無責任ですが・・。
人々や地域の中に自然に息づく宗教的な習慣や雰囲気。あるいは、それを補完するような哲学的な人間への視点。もしくは、以前書いたインテリジェントデザインの考え等をベースにした所からきている人間存在への考え方。等々が薄れてしまったところが問題の根底にあると思っています。
物質文明の対極にあるものでしょうか。
震災のような極限的な状況では、多くの場合、相互扶助へ向かいますから、人間はそもそもそのような存在だと私は思っていますが、この日本の状況を改善していくことは容易ではないとだけしか言えません。極めてジェネラルで無責任ですが・・。
この記事にコメントする