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さらばラオス

2006年10月15日

ビエンチャンは、我々が始めてきた2年前に比べ明らかな発展を感じる。
街路はJICAの援助で今も改良工事が行なわれている。
街は賑わい、外国人の姿が増し、素的なお店や車が増え、置かれている家具は、はっとする位シンプルで、作っているワークショップを尋ねてみたくなる。

連れ合いは、タラートサオ(朝市)での最後の買い物。頼まれた商品リストを持って値引きに忙しい。
店員は、ラドーやローレックスのイミテーションを80ドルでどうだと言ってくる。それが、交渉次第で40ドルまでは落ちるのだ(為ブランドウォッチを頼まれたわけではないが)。

今現在、日本国内に何台あるのか不明だが、綺麗に整備されたシュビムワーゲン(?、多分)が停めてあった。今見てもシンプルで実用的で実にいい(少々余談)。

この国は、天然資源、手工芸、観光、海外の親戚からの送金の他、外貨を獲得する産業が殆んどないから、外国からの支援に頼らざるを得ない。
産業モードへの移行の兆しも未だ見えないから、一般の人々の生活が豊かになるのは、まだまだ時間がかかるだろう。

一般のラオス人は、ラオス人のお店に行き、ベトナム人のお店には必要以外は行かない傾向がある。ベトナム系の発展を一般のラオス人はよくは思っていないから、マレーシアのように将来のトラブルに発展する危険性もあるかもしれないと思う。

JICAのこの国への支援方針には腰が据わったものではなく、一定感に欠けると感じている。しかし、私自身、ここで与えられた任務を終えた。余計な心配は迷惑であろう。

この国や、この国の人々への批判は容易いが、この国に生を受けてこの国の人々を超える人間になれる人は極めてまれだろうから、全てを受け入れる他ないと思っている。そして、そこから全てが始まることを知った。
さらばラオス。明日ここを発つ。
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この記事へのコメント
1. Posted by artisan
2006年10月15日 20:31
ラオス・ビエンチャンでの木工指導お疲れさまでした。マレーシアに次いでのJICA派遣でしたが同じアジアとは言っても木工産業の歴史的背景も違えば、人々の気質も異なり、大変なことも多かっただろうと察します。しかし彼の地での生活も含め、日本が失ってしまった非文明的な思考様式、もの作りへの原初的な歓びなどに触れることで、リフレッシュできたかもしれませんね。
>この国に生を受けてこの国の人々を超える人間になれる人は極めてまれだろうから、全てを受け入れる他ない‥‥
グローバル化の趨勢のなかで、ラオス社会も変貌を迫られていくことでしょうが、あらゆる価値基準が経済的なものに還元されてしまうようなつまらない社会にはなってもらいたくありません。しかしそうした期待も彼らには余計なお世話でしかないことを知るべきでしょうね。
2. Posted by Ryohei
2006年10月16日 19:14
長い間、お疲れさまでした。ほとんど読むだけでしたが、毎回ラオスからの風と匂いを感じることができ、楽しみました。
 帰国後、我々日本の木工屋とは一味違う角度からの、ご意見ご活躍を期待しています。どうもありがとうございました。
3. Posted by katsu
2006年12月10日 22:23
artisan様、Ryohei様。
ご無沙汰しています。コメントありがとうございました。
先に書きましたように、ネットへの接続に大層な時間がかかってしまいました。予約していたISDNが使えなかったのです(ASDNや光など我が地域では論外です)。ダイアルアップでは、どこのプロバイダーでも通信料がすごく高く、ISDNの再開をひたすら待っていました。私の居たラオスの地方都市よりも状況はよくありません(郵政民営化のネガティブな予兆を感じたりします)。

最近ようやく落ち着きつつあります。仕事も見直し、リセットして出直す考えでいます。ではまた。
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