個別記事

快適環境 1

2007年02月14日

仕事柄か、海外の映画やテレビドラマの室内シーンでは、どうしても家具、家具のディテール、インテリア、間取り、そして建物自体にも注意を凝らしてしまう。

そして、思うのは日本住宅の使い勝手の悪さである(あるいは快適さをないがしろにしてきた手法を思う)。

都市部の最近の高層集合住宅の使い勝手や部屋割りは、かなり変わってきているようであるから、一概には言えない面もあるが、郊外や田舎の伝統的な住宅の間取りは、仏間(床の間)を含んで二部屋が続き、襖を取り払うと大きな空間が出現するようにデザインされ、それらの部屋の南側には廊下が配置されるという標準様式が根付いている。
その建物の中で最も快適な環境になるであろう空間を、最も使用頻度の少ない、祝言や葬儀などの催しのために用意し、通常、最も頻繁に使われる食事やくつろぐためのスペースはそれら2間の脇に追いやられている。

都市部の集合住宅を始めとする現代住宅にはスペース的な制約から、二間続きを目にすることはあまりないが、和室が配置されるケースは多く、その使用目的が私にはよく分らない。
(誤解しないでもらいたい。そのような住宅や部屋割りを非難しようとしているわけでは決してない)

郊外の和風住宅二間続きレイアウトには、成り立ちと意味があるわけだが、都市部の高層住宅の和室を含め、その意味と使い勝手には疑問を抱いている(貴重な空間と、それを確保するために必要な資金に見合ったユーティリティがあるのかということも含めて)。

私は、祖国の伝統文化に大いに誇りを持っているつもりであるが、使い勝手の悪い、まるで死んでしまったように調和を欠いた和室と呼ばれる空間の意味を思う。この空間を残す事が和を守ることでもあるまいに・・。

我々は、快適さとは程遠い環境の中で生活を続けてきたものだと、今更ながらに思う。深く深遠な文化の高みを持つと思ってきた民族が、生活環境に対しては、忍耐を当たり前とし、インプルーブしようとはしてこなかったのである。

これも、民族の精神性や庶民の貧しさのせいかもしれないが、快適に暮すことを優先しているように映る北欧の人々の合理性のようなものを視野に入れた、住環境の見直しを考えみても良いのではないかと思うのだが・・。
トラックバックURL
この記事へのトラックバックは下記のURLをコピーしてください。
この記事のトラックバックURL:
http://app.blog.livedoor.jp/ur8823/tb.cgi/50556010
この記事にコメントする
Name
E-Mail
URL