個別記事
現代不思議敬語謙譲語表現
2007年03月04日
最近の敬語や謙譲語の使い方はおかしいという指摘はよく聞く。先日も「クローズアップ現在」で、このテーマが取り上げられていた。
変だなと思う表現も多いし、かなり慣れて、何とも思わなくなってきた表現も多い。おかしいという指摘にある、変な丁寧表現の基本にあるものは、物事をはっきり表現せず、曖昧さを含ませることによって関係を荒立てないという、実に日本的な人間関係の在り様から発生してきた側面を否定できない。
敬語謙譲語の使い方はおかしいという批判が出始めたのは、それが現代日本の不器用で希薄な人との関わりを象徴するようでもある。切磋琢磨に慣れていない危うい関係とでもいえようか?
ちなみに中国系の交渉は、互いにとことん主張し合う。そして、落とし所を得る(互いのメリット、主張を確認し合う)。後腐れはない。関係は壊れない。非常にドライである。
日本では、婉曲丁寧はまかり通るが、本音で言い合わない(いや、本音を回避する)。気まずい関係になると修復が難しい。ある面で、ウェッティで面倒だと、思う。
同様に、日本の特徴的な生活行動が曖昧無意味な笑顔である。「クローズアップ現在」でも、このテーマを扱う女性キャスターが、現在敬語表現のあり方を分析してみせる、ゲストの井上ひさし氏に対し、ときおり見せた曖昧な笑いが、いかにも象徴的だった。
この日本人の曖昧笑顔の慣習が消えない限り、現在不思議敬語謙譲語表現が矯正されることは難しいだろうと思った。
所で、空港のセキュリティチェックで、手荷物にクレームが付いたとき、女性担当官から、「手荷物の中身を拝見させて頂いて宜しいでしょうか」と、聞かれた経験をお持ちの方は多いのではないかと思う。
勿論、拒否を想定していない、強制を伴う婉曲表現であることは、速やかに理解できる。ならば、返答を必要とする聞き方をしないで欲しいと思うのは私だけだろうか。
この場合、答えたくなくても速やかに答えなくてはならない、いや、何らかのリアクションを起こさなくてはならないということは状況から一目である。かといって、偉そうに「よし」というような態度では失礼かなと思う。そうなると、曖昧な「はい」、あるいは、あまり素直にはなれないけど「いいけど・・」的なリアクションになるのではないか(私だけ?)。
搭乗まで時間のない時に、余計な気遣いで疲れるのである。拒否はできないのだから(拒否はできても搭乗は難しいことになる)、最初からシンプルに、「失礼ですが、中身を拝見させて頂きます」で、充分だろうと思う。
また、最近書店で雑誌を購入した折、袋はいらないという私に、レジの女性は、「間違われると困りますので、シールをお貼りしても宜しいでしょうか」と聞く。前例と同様である。気にしなくていいから、返答しないでいい表現をしてもらいたいと思う。
丁寧さの困った拡大解釈ではないか。疲れるのである(私だけ?)。
変だなと思う表現も多いし、かなり慣れて、何とも思わなくなってきた表現も多い。おかしいという指摘にある、変な丁寧表現の基本にあるものは、物事をはっきり表現せず、曖昧さを含ませることによって関係を荒立てないという、実に日本的な人間関係の在り様から発生してきた側面を否定できない。
敬語謙譲語の使い方はおかしいという批判が出始めたのは、それが現代日本の不器用で希薄な人との関わりを象徴するようでもある。切磋琢磨に慣れていない危うい関係とでもいえようか?
ちなみに中国系の交渉は、互いにとことん主張し合う。そして、落とし所を得る(互いのメリット、主張を確認し合う)。後腐れはない。関係は壊れない。非常にドライである。
日本では、婉曲丁寧はまかり通るが、本音で言い合わない(いや、本音を回避する)。気まずい関係になると修復が難しい。ある面で、ウェッティで面倒だと、思う。
同様に、日本の特徴的な生活行動が曖昧無意味な笑顔である。「クローズアップ現在」でも、このテーマを扱う女性キャスターが、現在敬語表現のあり方を分析してみせる、ゲストの井上ひさし氏に対し、ときおり見せた曖昧な笑いが、いかにも象徴的だった。
この日本人の曖昧笑顔の慣習が消えない限り、現在不思議敬語謙譲語表現が矯正されることは難しいだろうと思った。
所で、空港のセキュリティチェックで、手荷物にクレームが付いたとき、女性担当官から、「手荷物の中身を拝見させて頂いて宜しいでしょうか」と、聞かれた経験をお持ちの方は多いのではないかと思う。
勿論、拒否を想定していない、強制を伴う婉曲表現であることは、速やかに理解できる。ならば、返答を必要とする聞き方をしないで欲しいと思うのは私だけだろうか。
この場合、答えたくなくても速やかに答えなくてはならない、いや、何らかのリアクションを起こさなくてはならないということは状況から一目である。かといって、偉そうに「よし」というような態度では失礼かなと思う。そうなると、曖昧な「はい」、あるいは、あまり素直にはなれないけど「いいけど・・」的なリアクションになるのではないか(私だけ?)。
搭乗まで時間のない時に、余計な気遣いで疲れるのである。拒否はできないのだから(拒否はできても搭乗は難しいことになる)、最初からシンプルに、「失礼ですが、中身を拝見させて頂きます」で、充分だろうと思う。
また、最近書店で雑誌を購入した折、袋はいらないという私に、レジの女性は、「間違われると困りますので、シールをお貼りしても宜しいでしょうか」と聞く。前例と同様である。気にしなくていいから、返答しないでいい表現をしてもらいたいと思う。
丁寧さの困った拡大解釈ではないか。疲れるのである(私だけ?)。
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この記事へのコメント
1. Posted by 戦国時代
2007年03月27日 19:46
戦国時代に敬語はなかった??
戦国時代は裏切りの時代であり、武士が武士を裏切り、
武士が農民を裏切り、農民が武士を裏切った。
誰が敵か味方か分からず、裏切りの時代に「階級も敬語も存在」
しなかった。
世の中が統一され「士農工商」の階級と給料制度ができて
初めて敬語が存在する価値が出来てきた。
現在は年功序列、終身雇用が崩壊している。
昨日の上司が今日の部下になったり、
ベンチャー企業は30代の社長が50代の平社員を使う。
会社では賢い上司はタメ言葉で、部下の様子をうかがい
そうでない上司は敬語を使うと喜ぶ。
また近づきたくない相手には敬語を使うと便利である。
また、明治、大正の敬語が今に残ってる訳でもない。
言葉は生きている。死語があり、新語、造語がある。
官僚が古い時代を懐かしんで、国民に敬語を押しつけている。
戦国時代は裏切りの時代であり、武士が武士を裏切り、
武士が農民を裏切り、農民が武士を裏切った。
誰が敵か味方か分からず、裏切りの時代に「階級も敬語も存在」
しなかった。
世の中が統一され「士農工商」の階級と給料制度ができて
初めて敬語が存在する価値が出来てきた。
現在は年功序列、終身雇用が崩壊している。
昨日の上司が今日の部下になったり、
ベンチャー企業は30代の社長が50代の平社員を使う。
会社では賢い上司はタメ言葉で、部下の様子をうかがい
そうでない上司は敬語を使うと喜ぶ。
また近づきたくない相手には敬語を使うと便利である。
また、明治、大正の敬語が今に残ってる訳でもない。
言葉は生きている。死語があり、新語、造語がある。
官僚が古い時代を懐かしんで、国民に敬語を押しつけている。
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