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住まい
かなり以前に膝を悪くしたから座式便所は辛い。最近になり、膝の半月板を損傷したので更に辛い。そんなとき、洋式便所は実にいい。
テーブルで飯を食い、ソファでテレビを視、寝台に横になる生活は、老人や足腰にハンディを持つ方にとっては快適である。
ドキュメンタリーで足腰の弱った一人住いの老人がよっこらしょうと炬燵から立ち上がる映像は痛々しく、日々のことであるから、いくら私が和風住宅がいいと思っても、立ち座りに難儀を強いる生活は見るほうも辛い。できることなら住宅から変えたいものだと思う。
生活のメインとなる部屋には、調理をする部分があり、すぐ傍に食事をするテーブルセットを置く。続いてソファを置き、映像や音楽を楽しむスペースを確保。ソファでは昼寝もできる。
他に、ベットの置かれた寝室。パーテーションで仕切ってパソコンを置く(書斎として別に一部屋持つことができたら更によし)。自作を考えるとミニマム2部屋。
日当たりのいい田舎や郊外、あるいは海辺もいい。そこに老後を見据えた快適な平屋を建てる。あるいは、都会や街中での多層住宅でもいいのではないかと思っている(ハンドメイドは楽しめる)。
リタイヤ後、基礎、躯体はプレカット、そして屋根までをプロに委ねれば比較的簡単に自分の手で、しかもローコストで住宅ができる。
また、(非常に大雑把に言って)集合住宅も面白い素材ではないかと考える。安っぽい壁紙やフローリングで覆ってしまった出来合いの室内は不用。箱(集合住宅の一区画)だけ入手し、個々の技量やパワーに応じ、個々で、加工の難しい部分をプロに頼み、自分で仕上げていくのである。綺麗ではないかもしれないが、長持ちがし、納得のいく味のある空間を得る可能性は高い。知人はコンクリート(打ちっぱなし仕上げではないから粗仕上げ)配管丸見え状態の室内に塗装し、味のある空間を安く手に入れた(このような事例は建築雑誌で時々見かける)。
快適住宅としては、前回まで述べてきた冬の暖房問題がある。
ここでは、ハンドメイドを基本とし、室内に於いては伝統様式を個々のレベルで見直し、快適な住いについて考えている(注1)。
注1:いうまでもないが、このブログは、基本的に自分で何でもやってみたいという器用貧乏で、それ故、全てに中途半端な管理者の興味の披瀝と、その記録の一端であることは理解して頂いていると思うが・・。
住いの快適環境を実現するには、高気密、高断熱にすべきであるとは最近のトレンド?。簡単に言えば、住宅の魔法瓶化である。
空気の出入りを禁止し、十分な断熱対策を施すことにより、少ないエネルギーで住い全体を暖かく保つ。米、カナダから入ってきた概念だという。
ただし、高気密にすると空気の出入りを絶つことになるため、室内の空気が汚れるのはもとより、トイレや台所の換気扇が効かない(空気が入ってこないからファンで排出できない)。友人は、薪ストーブが燃えにくくなると言った。
そこで、24時間モーターで強制換気させたりしている。バカバカしいようだが、しょうがないのかな、とも思う。
私は東北に4年いたが、冬の長い寒冷地では、燃料もかさむし、古い作りの民家では、室内が実に寒い。強制換気をしながら高気密にし、家全体を断熱材で包んで快適さを得る方法を採っても、それが最良な解決法ではないにせよ理解はできる。
住いの快適環境化に伴う、もう一方の問題は結露である。東北では、洗濯物は屋外ではなかなか乾かないので、通常室内で乾かす。炊飯、灯油ストーブからの水分も多い。押入れや屋根裏の結露は凄まじかった。
当然、壁の中の防水紙から内側に結露が発生し、ローン返済終了よりも先に家が持たないなどといわれたりする。
この対策とし、基本的には水分を出さないのが最良ではあるが、外断熱といって家全体の最外部を断熱材で覆う方法や、壁の中の空気を循環させたりする。
水分を多量に発生する灯油ストーブを止めてセントラルヒーティングにする。洗濯物はサンルームや除湿機を使って乾かす。飯を炊かない(あるいは外で炊く?!)。などという対策なども考えられる(?)。
高気密にすれば、水分は一層閉じ込められることになるので、ベンチレーションが必要ということは理解できる。しかし、そうなると高気密でもなんでもないじゃないかということにもなる。
何れにせよ、快適環境の確保には多くののエネルギーが必要なんだと思う。この問題に大して詳しくない私は、よりよい解決方法はどこにあるのだろうと思う。
昔の住宅は、徹底して水周りを住宅本体から遠ざけた。風呂や厠は別棟。井戸も外。炊事場は土間にあって、床下はオープンで風が抜けるようにしてあり、土壁だから、室内や躯体に湿気がこもる部分が無く、建物の長寿命は保証される。
ただし、電力の来ていない時代の冬の寒さは想像に難くない。昔の日本人はよく耐えたと思う・・。
前回書いた、ある方のお勧めの暖房方式は放熱器としてラジエターを使うセントラルヒーティングシステムであり、その方が同じ評価を与え、使ってみたい暖房方式に薪ストーブを挙げておられた(サイト名等は失念。現在ラジエター式セントラルヒーティングシステムを使用していた)。
私も工房では薪ストーブを使っている一人である。視覚的に暖かなイメージを持つ薪ストーブの良さは理解できるし、実際暖い。
しかし今は、自宅では薪ストーブを使いたくはなくなってしまった。薪の確保を始め、私にとっては問題が多いのである。
田舎暮らしは私の若い頃からの理想であり、当然薪ストーブや、薪割りは田舎暮らしの象徴的なシーンとしてイメージしてきた。所が、薪の確保には想像以上のエネルギーが必要であることが判ったのである。
此処は杉の産地であり、間引きしなければならない杉は沢山ある。それを薪として使う場合、切り倒した杉をストーブに合った長さに玉切りし、それを割って積み上げ、乾燥させなくてはならない。そのためには、チェーンソーが必要であるし、使い方にも慣れなければならない。薪割りは、健康のための運動として都合がいいといっていられるのは若いうちか、最初の2、3年だけだ(私の場合)。
首尾よく乾燥させられたにせよ、杉材は燃えてしまう時間が短く、始終くべなくてはならないから結構厄介なのである。ましてや、間伐してくれればタダでもらえると言われても、立ち木を切り倒して膨大な枝を処理して運び出すのは素人にはまったく手に負えない危険な作業である。だから、ログハウス加工場かプレカット工場へいって端材を確保したり、製材所で切り落とした最外部を調達し(これは燃えるのが早くて使えない)、必要な長さに切断して、乾燥させる。
薪割りに用いる斧のメンテナンスにも、意外に時間を取られる。十分に乾燥させた柄をしっかりと取り付けないとすぐにぐらぐらになって使えないし抜ける危険がある。
とうとう私は、鉄パイプを柄として溶接してもらって使っている。
薪割りから開放される解決法は、製材所から出るオガ屑を利用する、オガ屑ストーブである。この地方でも、製材所などでは昔から使われてきたもので、通常、町の鉄工所に頼んで作ってもらう。
オガ屑のタンクがストーブから垂直に立ち、タンク下部のオガ屑が燃えて、次々と落ちる(よく上へ燃えて行かないものだと思う)。
問題は、オガ屑が燃える下側に鋳物でできた円錐状の受け(ベーゴマを逆さにしたような形状)があるのだが、これが熱で傷み、近くの製材所では毎年交換しなければならず、価格は数年前の話で1万円程度だという。
次に灰の始末。さらに煙突がすす(煤)で詰まるという問題がある。
煙突が詰まるのは原因として、第1に、煙突の引きが悪いことが考えられる(煙道の水平距離に対して充分な垂直距離が確保されているか)。第2に、途中で煙突が冷えて排煙が上昇しにくくなり、ススとして付着する。第3として薪の乾燥が不十分だという点がある。
煙突の掃除は厄介であり、灰や詰まった煙突掃除で発生する煤は軽くて室内を汚しやすいというのも問題ではある。
外断熱にした高気密高断熱住宅(注1)が最近の流れのようである。そういったモダン住宅に住む方の中にも薪ストーブに憧れる方がいる。その場合、一酸化炭素中毒の危険性に対する配慮も大切になってくるのではないかと思う。
近くに、リタイヤして温泉付き分譲地を購入し、住み始めた方がいる。念願の田舎暮らしだったのだが、薪ストーブの薪の確保は頭の痛い問題であるという。
注1:燃焼系暖房器具は使用してはいけない等の条件もあるらしいが、私自身、最近の住宅事情のことはよく分らないので断定的なことは言えないことを了承されたし。
住いの快適環境に関し、居住空間のことは大雑把に書いた(特に田舎の3流伝統日本家屋(つまり我家))。
快適環境に関し、最も重要な問題の一つは、冷暖房であろう。我家は標高が高いので、夏場の睡眠に関しては何も言うことがないほど快適である。
ほんのり寒さを感じる朝方は、薄い布団が1枚あってちょうど良い気温で、まどろみを楽しんで起き上がりたくないと言えば、その心地よさを共有してもらえると思う。
これは宮城県の北部での暮しよりも心地いいもので、ひとえに標高の高さが関係している。
その分、冬の寒さは格別である。此処は九州でもマイナス15℃位にはなり、居間の飲み残しのコーヒーがアイスになる朝も時々ある。
防寒対策無しでは快適環境は望むべくも無い。昔の人々はよく耐えたと思うが、ある程度の保温機能の備わった家屋でないことには室内での活動はままならない。
機密性の確保と、断熱材の使用は快適化のためには必要条件だが、我が古屋には入ってないし、当面、入れる改造の予定も無い。
(この件に関してはここでは、これ以上述べない)
ある方のサイトでの一番のお勧めは、お湯を循環させ、各部屋に設置したラジエターで熱交換を行なうセントラル暖房だが、私もこの方式が一番いいのではないかと思っている(注1)。
今の日本で、多くの家庭がケロシンストーブを使っているが、何と不便なものが、未だまかり通るのか。
北海道は大きなタンクから給油しているが、本州以南のほとんどの家庭がカートリッジ式の灯油ストーブを使う。詰め替え作業が結構厄介で、老人にはこの作業が負担である。せめて、カートリッジタンクを複数用意し、次々入れ替えるなら多少は便利だと思うが、もしも、カートリッジだけをオーダーした場合、かなり割高になるに違いない。
環境、効率、安全性からいって、個々が炎を燃やすよりも集中発電を行い(送電ロスを差し引いても)、電力を利用したほうがアドバンテージが高い事は実証されている。
深夜電力を用いて給湯、暖房を行ない、オール家庭電化制度を利用すれば電気料金も割安になると聞く。
安全で給油の手間から開放され、環境負荷が低く、ランニングコストの低い快適システムは快適さに留まらず絶対に必要である。
問題点は、日本の場合、電気式ボイラーにせよ、兼用ボイラーにせよ、耐久性が低いという点、非常に薄くなっているモダンラジエターは見栄えはいいのだが、価格が高い点と耐久性への心配、そして施工費が高いことである。
鋳物製ラジエターをどこかの国から輸入し、自分で配管したい。ずっとそう思っている。
我家を訪れた英国人ウッドワーカーが、ハイテクの国日本で、未だにローテクなケロシンストーブを使っていることに驚いていた事が忘れられないでいる。
注1:配管やユニットが出ていて邪魔になるというデメリットもある。床暖房を第一に挙げる方もいると思う。私が選ぶ理由は、設置コストと、自分で施工する可能性なども含んだ極私的判断であることをお断りしておく。
前回、快適環境のことを書いたのは、長い間、古くて隙間風が多い木造住宅に暮らしてきたのが大きな理由であるように思う。
冬を前にして、昨年暮れに怒りの防寒対策を行なったことは以前書いた(別に怒る必要はないが)。
手を入れすぎると建て直したほうがいいということになるので、中途半端、その場しのぎではあったが、相当に快適にはなった。
そのような事情があり、日本の住宅の快適性に関し、改めて関心を持っている。
加えて、歳を取ってきたせいで、古傷の膝が痛み、屈むのが億劫になってきているから尚更である。
テーブルで食事をし、ソファに横になってテレビを見、ベットに入るという生活習慣は本当に楽だということが海外生活で判った。
我が国の伝統的な間取りは歴史的には意味があったと思うが、今、問い直してみることは大切ではないかと思っている。
(別に万人が問い直さなくても、自分は、自分に合ったアレンジを考えてみたいと思っている)
(ただし、ここで確認しておきたいのは、HPやブログでも家建て奮闘記関連をテーマにしている方は多く、その多くはモダン建築であるから、私がここでテーマとしている田舎古屋改築関連とは快適さのレベルが前提として違うということを承知されたし)
数日前に、NHK BSで、古い建物を改造して暮すという内容の英国番組を見た。
文化財クラスの古い建物の外観は、法律でアレンジできないよう規制されているが、内部は、オーナーの希望によって快適空間にリノベートされ、建物を保存しながら、伝統を楽しみつつ快適に暮す様子が映し出されていて感心した。
我々も、高価な建設費用を払ってまで、不便不自由、快適さを損なう暮らしを我慢する必要もないし、我慢の前にそれを自覚する学習の場(?)が与えられるべきであると思う。伝統の良さと快適さを享受できるのは英国国民だけに与えられた特権ではない。
彼らと同様に、我々の祖先が築き上げた伝統のよさを生かした現代生活のよさを享受する方法を、別に文化遺産家屋に住むという事ではなくても、一つの選択標準としなければ日本の住文化は昇華しまい。
そして、その認識と学習が、新しい素材や意匠を用いた、その場しのぎ的なモダンインテリアを飽きることなく生み出し、無益に消費していく連鎖を、良い意味で断ち切るきっかけにはなると思っている。
仕事柄か、海外の映画やテレビドラマの室内シーンでは、どうしても家具、家具のディテール、インテリア、間取り、そして建物自体にも注意を凝らしてしまう。
そして、思うのは日本住宅の使い勝手の悪さである(あるいは快適さをないがしろにしてきた手法を思う)。
都市部の最近の高層集合住宅の使い勝手や部屋割りは、かなり変わってきているようであるから、一概には言えない面もあるが、郊外や田舎の伝統的な住宅の間取りは、仏間(床の間)を含んで二部屋が続き、襖を取り払うと大きな空間が出現するようにデザインされ、それらの部屋の南側には廊下が配置されるという標準様式が根付いている。
その建物の中で最も快適な環境になるであろう空間を、最も使用頻度の少ない、祝言や葬儀などの催しのために用意し、通常、最も頻繁に使われる食事やくつろぐためのスペースはそれら2間の脇に追いやられている。
都市部の集合住宅を始めとする現代住宅にはスペース的な制約から、二間続きを目にすることはあまりないが、和室が配置されるケースは多く、その使用目的が私にはよく分らない。
(誤解しないでもらいたい。そのような住宅や部屋割りを非難しようとしているわけでは決してない)
郊外の和風住宅二間続きレイアウトには、成り立ちと意味があるわけだが、都市部の高層住宅の和室を含め、その意味と使い勝手には疑問を抱いている(貴重な空間と、それを確保するために必要な資金に見合ったユーティリティがあるのかということも含めて)。
私は、祖国の伝統文化に大いに誇りを持っているつもりであるが、使い勝手の悪い、まるで死んでしまったように調和を欠いた和室と呼ばれる空間の意味を思う。この空間を残す事が和を守ることでもあるまいに・・。
我々は、快適さとは程遠い環境の中で生活を続けてきたものだと、今更ながらに思う。深く深遠な文化の高みを持つと思ってきた民族が、生活環境に対しては、忍耐を当たり前とし、インプルーブしようとはしてこなかったのである。
これも、民族の精神性や庶民の貧しさのせいかもしれないが、快適に暮すことを優先しているように映る北欧の人々の合理性のようなものを視野に入れた、住環境の見直しを考えみても良いのではないかと思うのだが・・。
我家は、雨戸の次は障子である。真冬も面倒で、夜も雨戸を閉めずに障子で過ごしてきた。
南方のラオスにいたせいもあると思うが、この家には、今では寒くてとても暮らせない。
帰国後の重要事項は、寒くなる前までに、防寒対策をすることだった。
古い安普請の家なので隙間があちこちにある。これを、先ず塞いだ。北西廊下の雨戸は、一部に硝子を入れて固定し、内側には板を張り、厠と合わせて天井も付けた。
台所の出入り口も内側から板を張って塞いでしまった。南側の障子にはビニールを垂らし、台所の窓にも外からビニールを貼り付けた。同じく、玄関の約3メートルの開口部にもビニールを下げた。簡単な防寒対策だが大いに効果がある。改造にあまり手を入れるなら新しく自分達で住いを建てたほうがいいに決まっているし、意欲もまだある。そこで、中途半端でも費用や手間を掛けない方法を選んだ。しかし、想像したとおり、玄関の出入りが厄介である。
暫くその状態で過ごしたが、玄関には引き戸かドアを付けようという方向に気持ちは傾いていった。ただし、性格的にあまり大雑把に仕上げるのは納得できないので、手を入れすぎて時間と費用が掛かるのが怖いという不安が残るのだが・・。
幸い、古い障子が残っていた。これを流用することにした。いろいろ考えすぎると先へ進まないし、どうせテンポラリーということで納得させた。
障子の骨を取り去って硝子を入れて三枚並べた。障子など玄関には使えないと思っていたが、古いアルミサッシよりいいと思う。昭和30年代の風情になって結構気に入っている。
これで、俄然暖かくなった。改造に取り掛かるとそれほど時間が掛からずに出来てしまう。今まで寒いのを我慢してきた。一体何をしていたのだろうと思うが、我々は多分若かったのだ。
画像は短大の近くにあるフランス様式の古い建物。現在は教育省が使っている。フランス様式の建物は、見るべきものが多い。その中で最も気に入っているのがこれである。
シンメトリーで、センターに少し飛び出た玄関口があり、それらを取り巻く廻り廊下。同様の古い一般住宅でも、回り廊下が配置されているものを散見する。このゆとり感覚、リッチ感覚(好ましいと思わない表現だが)がいい。
バルコニーではなく、屋根下に配置された廊下(専門用語を知らない)で、建物の一側面、通常は玄関のある側に設けられている。家屋を建てるチャンスでもあれば、ぜひ作りたいと思う。ただし、幅90cm程度では貧相になってしまう。画像の建物のものは、幅約150㎝である。最低この程度は欲しい所だが、日本の住宅事情では難しいか。
親父の生家は農家だった。廊下が東と北側にあった。取りあえず回り廊下。夜は雨戸を閉める。厠は北側にあって、母屋から少し離されていた。夜、厠に行くにはこの回り廊下を歩いていかなければならなかった。子供の私は怖くて一人で行くことができなかった。
海外では、英国とフランスの影響を受けた室内で暮らしたが、我々の住環境でも取り入れるべきだなと思うのは、トイレである。
コンドミニアムやホテルアパートメントでは、キッチン、リビング、メインベッドルーム、サブベッドルーム×2、という部屋数は標準的だと思うが、これでトイレが3つある。
プライベートエリアにトイレがある快適さを、暮らしてみて始めて実感した。
麻生総裁候補が、日本の住宅環境をもう少し豊かなものへ変えなければならないというようなことを発言していた記憶がある。
天井高さ、容積と税務上の問題など、緩和できるものがあれば具現化してもらいたいと思う。日本の住居空間は余りに貧相である。
日本の伝統スタイルは心が和む。しかし、年を取るに従い、部屋数は最小限でいいから、天井や廊下など、空間に少しのゆとりがあり、快適で、くつろぎとプライベートエリアにトイレのある住宅に住みたいと願う。