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家具・インテリア
椅子制作にCADは外せない。どれだけの方が椅子制作にCADを利用しているか、定かではないが、現在私は、CADを使わない椅子設計は考えられないという状況にある。
最大の理由は角度がきちんと導き出せるということである。最終的に、制作に必要な部分の角度をプリントアウトすれば、絶対に正確ではないなと思いつつ使う、あの忌々しい分度器とおさらばできるし、分度器の不正確さを嫌い、タンジェントを用いてグラフペーパー(セクションペーパー)上で角度を求める場合でも、手持ちの定規とグラフの目盛りのズレからくるストレスからも開放できる。
実際には加工誤差があり、細かいことを言い過ぎても意味はないのはよく分かってはいるつもりだが、気分がよくないまま行う作業はできるだけ避けたいものである。
座面が台形のサイドチェアーの側幕板の柄は、通常斜めに加工される。この場合の寸法出しは結構面倒で、正確にいっているのかどうか不安がつきまとう。昔は職人の常に従いベニヤ板に原寸を引いていたのだが、気分が宜しくないので、グラフペーパーに2倍図を描いて確認したり、遂にはN88ベーシックでプログラムを組み、柄部分の正確な寸法を取り出せるようにした。
そして、参考のためにベニヤに描く原寸図との比較をしたことがあったが、ベニヤの精度でも制作には充分である事は確認できた。
CADを使えば、そのような精神的に宜しくない問題と無縁になれるのがいい。そして、慣れた椅子であれば原寸図を引かなくてもCADだけで検討と想像は可能であり、イメージとそう違いのないものができる。
問題点は、シビアに寸法が出るため、一致しなければいけない数値が微妙に違う場合があり、これが精神的に良くない。スナップポイントを拾う場合のズレか、四捨五入で数値がずれるのかは分からないが、気にし始めるとあまりよくない。
また、きちんと図学を学んでおかないと、甚だしい誤解に気が付かないまま作図を行ってしまう恐れがある。
ちなみに私は、マレーシアにいるとき、テキスト作成に必要になってCADを使い始めた。自分に合った使い勝手のいいものを探し出すのにかなり時間がかかったが、フリーソフトで感覚的に描けていけるものに巡り合い、現在もラオスでテキスト作成や椅子設計に使っている。
AUTOCADや、当時有名だったJW-CADは感覚的に使い勝手が合わずに諦めた。
全国職業訓練校家具制作コースでも、CADのレッスンを始めたほうがいいと思う(勿論行っている学校は多いと思うが・・)。最初は概念を理解するのに多少手間取るからである。
「最強の椅子」の補足として。
スラットバックチェアーを始めて見つけたのは、タウントンから出ている、ファインウッドワーキングマガジン誌のカテゴリー別特集「椅子」であり、その後、「生木からの椅子作り」の中で、その椅子の構造の秘密(?)にふれ、その技術を自分のものにしたいと思った。
しかし、この椅子を作るためには「木材の曲げ」を行わなければならなかった。曲げの技術が必要なのである。シェーカーのサイドチェアーのように敢えて曲げを省いている椅子もあるが(注1)、やはり後足は大きく弧を描いているほうが綺麗で優しい。
そこで洋書を訳しながら独学で曲げに挑み、これをマスターした。習えば簡単ではあるが、手探りだと大層時間がかかった。曲げに挑戦したい方は、当HP、「家具制作資料室」から、「ベンディング」を参考にして欲しい。必要な情報は揃っている筈である。
(注1:脚と貫全てに真っ直ぐな材料を用いている椅子で、これほど綺麗な椅子をほかに知らない。清楚で孤高、気品にみちている)
この椅子はシンプルではあるが、制作にあたってはかなりの数の治具(制作するための補助具)が必要で、見た目よりも厄介である。
次の問題点は、シートウィービングであった。我々は編み方が分らず、材料の入手にも手を焼いた。
昔は、木の皮、草の葉を撚ったロープ(ラッシュという)を用いていた。木の皮は、その後、綿や麻のテープやファイバースプリントと呼ばれる紙テープに変り、天然ラッシュは紙製のファイバーラッシュに変った。
現在のグリーンウッドワーカーも、シートの材料にはヒッコリーの皮などの天然素材を用いる。
スタディモデルができた時の感動は格別だった。
我々は「椅子専門」ではないが、多くの時間を椅子に割いてきた。スラットバックチェアーは、注文ではなく自分のために制作した、割りに合わない最初の椅子だった。そのモデルは故障する事もなく今だに使っている。
(現在は手元に資料がなく詳しい説明ができない、この椅子の詳細に関しては将来サイトで解説する予定でいる)
椅子の作り手として、使い手として、最強と思う椅子がある。
スラットバックチェアー(注1)である。スラットとは薄板という意味で、背もたれに使われている薄い板を指す。また、ラダーバックチェアーやポスト&ラン(注2)チェアーとも呼ばれている。
シェーカーの椅子といったほうが一般的で分り易いかもしれない。私が制作したスラットバックチェアーも「シェーカーですね」と、言われる。しかし、シェーカーではない。シェーカーのサイドチェアーの原点である。
(注1:現在手持ちの唯一の画像。ページ最下段)
(注2:ラン、又は日本語読みだとラング(?)/ Rung:貫)
この椅子が何故、最強であり、究極と考えるのか、シンプルに見えるこの椅子に隠された驚くべき事実を述べたい。
この椅子はラテン諸国(地中海沿岸諸国)で生まれた。よって、正確にはラテン・スラットバックチェアーという。起源は古く、中世だといわれる。当時の木版画には、この椅子と同じ構造をしたスツールが描かれている。そして、現在までに世界で最も数多く作られた椅子である。
この椅子は生木から作られていた。つまり、西洋で言う所のグリーンウッドワーキングの技術で作られた椅子である。
西洋にはグリーンウッド(生木)ワーキングというジャンルの木工技術がある。生木を用いる理由は、柔らかくて加工しやすいからである。ところが、生木は多量の水分で満たさせている。そのため、乾燥に従って収縮する。通常、一般の家具製作では水分の多い(含水率の高い)木材は使えない。
職人達は木材を伐採し、必要な長さに玉切りする、次に割ることによって全ての材料を木取る。この作業が、将来的にこの椅子に故障を生じさせない重要なポイントの一つになる。つまり、割ることによって得た木材の繊維は切断されずに長いまま部材の長手方向に走っている。これは部材の強靭さを保障し、変形を最小限にとどめることになる。
次に全ての部品は旋盤で丸く削られる。動力のない時代、四角に加工するのは多くの労力が必要である。それに比べ、足踏み式の旋盤を使用し、切り倒したばかりの水分の多い材料を丸くすることは簡単である。薪割りに使う斧を用いても丸くできるのである。これは、英国で足踏み式旋盤を用いて実際に試したことがあるのでよく分かる。
当然、貫(ストレッチャー)も丸である。丸いストレッチャーは丸い脚に挿入される。つまりダボ構造である。しかし、ダボ構造は強度的に弱いという特徴がある。ご承知のように、木材の木口には接着剤はあまり効かない。そして丸穴内部は、その全周のほとんどが木口だからである。
ところが、この椅子には、構造的な弱点を長い時間をかけて解決してきた歴史がある。
脚は大まかな乾燥状態で用いる。ストレッチャーは完全に乾燥させて用いる。組み立てた後、水分の多い脚は引き続き乾燥が進む。乾燥の進行によって脚は収縮し、ストレッチャーを締めていく。これによってストレッチャーは抜けにくくなるのである。
また、前と横のストレッチャーが作る角度の二等分角に直交するように年輪を配置させる。これにより、丸脚の乾燥が進むと、前と横のストレッチャーを均等に締める。丸脚であるがために、年輪を最適な角度で配置する事ができるのである。
さらに、ストレッチャーの柄(ホゾ)部分には全周にわたってV型のノッチが切ってあり、脚は収縮によってこの部分に食い込む。また、柄の側面になる部分は、その一部を削り取って平滑に加工される。この部分はフラッターと呼ばれ、丸脚はこの部分にも食い込み、共に抜け防止として機能する。貫側面にフラッターを配置するのは、木材は縦方向にはほとんど収縮しないからである。このような機能によって柄が抜けるという事故の発生を防ぐ事ができる。生木の弱点を見事に逆手に取った構造には驚愕した。
加えて、ストレッチャーは通常、前、横共に3本づつ入っている。ある日本の木工資料によるとシャーカーの椅子はこの多接構造によって強度を保っていると解説してある。それは正しい。しかし、先に述べた木材の収縮を考慮した構造を抜きにしてはこのタイプの椅子の構造は語れない。
さらに、この椅子は通常、奥行きが浅い。この構造も後足にかかるストレスをできるだけ軽減し、故障を減じる歴史的な結論だと思う。
このような手法によって製作されたこの椅子は、ストレッチャーが緩むというような故障はほとんど発生しない。歴史が培った技術に私は呆然としたものである。
この椅子は、通常座面が小さい。始めて座ると若干窮屈に感じる。しかし、以前このブログで書いたように、慣れてくると違和感はなくなる。座面に少しばかりつけられた角度を持つダイニングチェアーよりもよほど疲れない。この椅子に安楽椅子的な休息を求めないならば何の問題もない。
小振りなために狭いダイニングスペースにも、小さめのテーブルにもフィットする。そして、何より軽いのがいい。主婦でも片手で簡単に持ち上げる事ができるので、掃除の時に実に楽だという。
デザイン的にみて、この椅子は何の加飾も施されていない(注3)。この椅子のキャラクターを決定しているのは、丸い部材、座編みによるシートである。強いて加えるならば、薄板による階段状の背もたれと、曲げ加工によって緩い曲線を描く後足である。
これらの数少ない丸い部材と天然素材によるシートにより、暖かく優しい雰囲気を醸して飽きることがない。
(注3:欧米に残る、グリーンウッドワーカーの作る伝統的なスラットバックチェアーの場合、そのオリジナリティを強く残す。むしろ、シェーカーのサイドチェアーのほうがピリオドスタイルの投影を感じる)
終わりに。
この椅子は日本ではあまり馴染みがない。そして、その構造もまた日本ではほとんど知られていない。先日逝去されたファニチャーデザイナーの佐々木敏光氏も、私の説明に驚嘆された。この技術を応用した椅子は苛酷な環境(過乾燥状態)に置かれるほど強度を増す。そして、Yチェアーやセブンチェアーほど建築家に着目されてはいないが、そこには中世から時代を超えて使われてきた永遠のスタンダード性が確かにある。
この両側面において、誤解を恐れず「最強の椅子」とタイトルをつけたのである。
椅子専門の工房や椅子をメインで扱う工房がある。私の知り合いにもいるし、ネットでも見かける。
家具作りにおいて椅子作りはロマンである。個人的に、そう思う。だから椅子に賭ける思いはよく理解できる。
そして、椅子制作は難しい。造形的に完成度が高く、飽きがこないで掛け心地がいいものを得るまでには膨大なエネルギーが必要だからである。
不具合を直そうとしても治具から作り直さなければならない場合もあって、それは大変である。
作る場合も直角に鋸を入れる部分は少ない。つまり、「クセモノ」と呼ばれる部品が多い。
苦労して仕上げ、発表した後は、目の肥えたコンシューマーによる、マーケットの膨大な市販品との比較が待っている。どうしても批評にさらされる。
デザインでの比較、価格での比較、品質での比較である。かといって椅子の場合、手作りというイメージでカスタマーに訴求することは、広い一枚板を用いたテーブル等と違って難しい。しかし、手作りという手法を用いたという付加価値が見えないと訴求力は低い。
その場合の付加価値要素とは、作家性、あつらえの希少価値、量産が選択しにくい手法を採っている等であろうか。
量産品の場合は、プロのデザイナーが形状決定にその存在を賭けてきた歴史がある。こういったプロとの競合は全てではないが避けては通れない。
椅子張りも然り。その分野での専門職が存在する。
そして、市場においての最大の問題点が価格。デザイン、設計、治具制作、プロトタイプ等というプロセスが概ね必要となるわけで、これを正当に価格に反映すると、ほとんどの場合、カスタマーは飛び上がって退散する。
だから、賢明な指導者(及び親方)は椅子だけには手を出すなという。それでも、無謀(?)にも、椅子の魅力に負け、自分の可能性を信じて椅子をメインにする工房がある(注:下)。
かく言うワタクシも、椅子専門工房ではないが、止せばいいのに膨大で儲けにならない(?)時間とエネルギーを椅子作りに費やしてきた。しかし、まだ懲りないのが悲しいのであるが・・。
(注:これは実に尊敬に値するが、ここでは無責任にガンバってとはいわない。大変な部分はあるかもしれないけれども、自らの意志を仕事で示して欲しい。期待と評価に代えて(偉そうに書いた部分、御容赦下さい))
例えばYチェアーの使用感に関しネットで感想を読むことができる。満足感と共に掛け心地が良いという意見を散見する。それも女性の意見が結構ある。日本の平均的な身長の女性が、特に家庭で素足で使った場合、Yチェアーのシート高、肘掛、奥行き寸法共々、少し大きいのではないかと思う。そうであるなら、実は掛け心地は多少スポイルされているのではないかと想像したりする。
しかし、気に入って買った場合、欠点を見ない努力をしがちであるので気にならないのこもしれない。ここでは藪蛇になることを言うつもりはない。しかし、それを差し置いても、人体、いや個々の使用者は、自分の座り勝手がいいようなポジションを探し、合わせているということに気がついた事はないだろうか。
椅子に限らず、車の運転ポジションも同様である。使い慣れて疲れなくなってくる経験はだれにもあると思う。
(ここでYチェアーを例に取ったのは、輸入されている椅子の中では非常にポピュラーで認知度が高いと思われるからである)
ここラオスのダイニングチェアーの多くは木製で、背もたれは垂直に作られているものが多い。座面は水平である。だから座りにくい。それで自然と前の方に座ることになる。そうすることによって背板を後方に逃がし、掛け心地を改善するのである。
座面の奥行きの浅い椅子の場合も同様の理由でやや前方に座る習慣がつく。また、肘掛の高さが自分の身体に合わない場合も座る位置で調整する。慣れると体が自然とそのようなポジションを取るのである。そして不都合を矯正し、疲れにくくなってくるのである。
逆にショップで座ってみて掛け心地がいいと思って買うと、暫くするうちに疲れ、矯正しにくい場合がある。ダイニングチェアーに安楽椅子的な座り心地を与えすぎた椅子を使うような場合がそれである(と思う)。
また、ショップで試し座りをする場合、日頃めったに座らないような深い位置に座った場合も通常の使用感の確認はできないと思う。時々そういったカスタマーの方がいるので戸惑う場合がある。そういった座り方をして、「すごくいいわネ」とおっしゃる方にそれは少し違うというのは水を差すようで怖い。その場合も、上記のように身体の自己矯正機能に期待すれば、多少の問題があっても緩和される場合はあるが・・。
だから私は、短時間のトライアルで掛け心地の良い悪いを性急に評価するのは難しいと思っている。逆に、短時間座るのに合わせたセッティングにすればその時の評価は上がるのかもしれないが。
勿論ここで椅子設計に於ける人間工学的な配慮を否定しようとしているわけでは決してない。人間の持つフレキシビリティと椅子設計の奥の深さを思うのである。
シンプルとはどういうことなのか、主に家具を念頭に置いて考えてみました。
シンプルなものとは一体何か(思いつくままに―)。
■余計なものを取り去ったもの。
余計なものとは・・。
装飾的なもののように機能に直接影響しないものでしょうか。
家電で言えば、ボディに印刷された花柄(ここラオスでは花柄の印刷されていない電気ポットなどを探すのが難しい)、プラスチックボディの表面に付けられた凹凸、家具で言えば彫り物(?)等でしょうか。
■さまざまな造形要素を整理したもの。
直線、曲線、及びそれらから構成される面 等の簡略化。さまざまな様式の混合を避けたもの。
例えば直線だけで構成された椅子(昔の小学校で使われていた木製の椅子)等。
■素材の整理・統合化。
違和感のある素材の組み合わせを避けたもの。
例えばオイルフィニッシュされたフレームに、ビニールコーティングされたペーパーコードを用いない等(この組み合わせを不自然と考えない方もいる場合は御容赦)。
ただ単に「シンプル=単純」と解釈したモノを作るのなら上記の条件だけでもいいのかもしれません。しかし、シンプルで綺麗、まとまっているなど、高い評価を受けている製品の場合、そこにはさらなる付加価値が含まれているように思います。
シンプルな椅子や家具というものは、全体のフォルムと共に、各部寸法のバランスの高さが重要なってきます。つまり、全体も部分も完成され、その調和がとれているということでしょうか。
加飾で曖昧にされた各部の完成度のレベルが、加飾を取り去ることによって構成の本質的な関係の完成度というものが暴かれるのです。
そこで問題となってくるものは、その製品、作品の骨格であろうと思われます。骨格とは簡単に言えば「○○風デザイン」といってもいいような、基本となるイメージの主体です。その骨格がどこまでデザイナーやモデラー、あるいは作者や作家の解釈で醸成しているかにより、そのものの完成度が決まってくると思えます。
例えば、シンプルなデザインで多くの人々を魅了するシェーカーファニチャーでも、さまざまな様式をベースにアレンジされていて、シェーカーに於ける様式の影響について仔細に述べられた記事もあります。
また、さまざまな形状をアレンジする状況で、処理の整合性をどれだけ認識しているかという能力が重要になってくる場合もあるでしょう。
では、それで感動を与えられるような製品になるのかといえば、それだけではないという点が難しいのです。それで多くの方を納得させられる製品ができれば、私のような凡庸な才能の持主の苦労はありません。
永い間にインプットされたさまざまなイメージがある瞬間に昇華し、才能を超えるものが産みだされる場合があるようですが、この話はさておき・・。
洗練されたシンプルな製品を生み出すことは、相当の努力が必要になってくるのは間違いのないところです。そして、絶えざる努力が「シンプル=単純」ではなく、シンプルで魅力のある製品を生みだすことに繋がるのでしょう。
これは自分自身について書きました。他の方の方法や視点を視野に入れたものでも批判でもありませんので誤解のなきよう。
この椅子を見たのは大学2年のときだったように記憶しています。研究室に置かれていたもので、オークにオイル仕上げされたものでした。今でこそ、方々で見かけるようになりましたが、当時はほとんど知られていなかたった製品でしたし、私も始めて目にしたものですから、呆然と見とれてしまったのです。
私の既成概念を壊すデザインと加工の素晴らしさ。仕上げの自然感(当時はオイル仕上げを知りませんでした)、座面の素材(ペーパーコード)の良さ。オーバーに言えば、この世にこのような綺麗なものも存在しているのだと始めて認識したのです。
その後、Yチェアーのデザインのエッセンスが中国椅子にあったのを知り、更に驚きました。デザイナーのハンス・ウェグナーは中国椅子を基に幾つかの椅子を発表していますが、時代を経るごとにシンプルになり、一つの到達点としてYチェアーがあるように思います。
このように時間をかけて練りこんだものは飽きがきません。椅子に限らず、その造形の中で、つじつまの合わない部分の整合性が高い位置でバランスをとっているからでしょう。
ところで、この椅子をダイニングチェアーとして使っている例を雑誌で見ます。後に深く寄りかかるような設定が、ちょっと座った場合には実に心地がいいのですが、ダイニングチェアーとして使う場合、背もたれに背を着けた状態からだと、テーブルに向かうたび、よいしょという感じで体を起こさなくてはなりません。これが少し疲れるのです。永い間この椅子を使った一人として、このような使用感を持っています。
ただし、ウェグナーのサイドチェアーは同じような設定が多いように思えますので私とは感覚、使用感が違うのかもしれません。
ダイニング用としてこの椅子を選択しようとしている方は、この点についてチェックして損はないと思いますが・・。
また、この椅子は意外に大きいので、狭いダイニングやリビングルームに4~6脚も置くと空間が窮屈に感じる場合があります。
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