Articles(Comments) / Total amount of posts:456
田舎暮らし
子供の私には、どこから涌いてくるのか不思議で仕方がなかった。
綿状の物体が次々と涌いてきて、箸に絡み取られていくのが何とも不思議で長く見ていた。
そして、周囲には甘い香りが立ち込めていた、祭の夜店の「綿菓子屋」。
しかも、それが幾つも並んでいるような、強い綿菓子の匂いが漂っている。
紅葉が進んだ、朝の桂の木の周りは、そんなイメージを抑えきれない、綿菓子の香りの炸裂状況にある。
桂の木の中の、ある物質と水分が反応して「綿菓子」の匂いがするという。
若葉が伸びるときも、ほのかには感じるが、クライマックスは秋の紅葉の時期だ。
この匂いがたまらなく好きで桂の苗を植えた。
裸電球の下の、ビニールに覆われたマシンの前で、オッサンが機械の真ん中にざら目を入れ、箸で絡み取る。ほのかに赤く、色の付いたものもあって、ゆかたを着た子供達が群がる。
我が部落の祭では、公民館の中に簡易綿菓子機を持ち込んで部落の若いのが綿菓子を作る。
今年の春祭りでは、たこ焼コーナーも登場した。
子供達には大人気。
様々な祭のイメージがある。
そして、桂の下に、夏の夜の祭の出店の追憶が、香りと共に浮かび上る。
秋毎に。
耳鼻科への不信は拭い難い。
10代後半から、風邪の後、長く頭痛が止まらないという症状が続いた。始終扁桃腺が痛み、顎のリンパはいつも腫れていた。
現在も年1~2回程度、風邪の後には同様の症状が発生する。
自信を持って断定できるが、内科や耳鼻科で診てもらい、直ったことがない。
この症状の原因を見抜き、1発で直したのは、大分県日田市の名医「調医師」だった。
「副鼻腔に炎症がある。辛かったでしょう」
副鼻腔を洗浄する治療法で症状は改善し、長年続いた顎のリンパの腫れもなくなった。
現在は高齢のために診察をしていないと聞いた。どこの医者に診てもらえばいい?。
昨年、公立の病院で診てもらったときには、「レントゲンではまったく異常が無いから、他の原因が考えられるので、CTを取ったほうがいい」といわれた。
納得できないから調医師を訪れた。先生はレントゲンで炎症を認め、投薬で直った。
先月、同様の症状がおきた。
CTを勧められたが、断った。ドクターは嫌な顔をした。
頂いたアンティバイオティック(抗生物質)(注:1)は効果がなかった。
そのとき、タイから友人が来るという電話が入った。
私は、躊躇わず、蓄膿のアンチバイオティック(注:2)を買ってきてくれるよう頼んだ。
タイでは処方なしでアンチバイオティックも購入できるのだ。1日2錠の服用で、2日で直った。
個人輸入でも購入した。ヒットする抗菌剤に出会えばいい。全て自己責任。
どうしようもなくなったら耳鼻科に行けばいい。
そう、思っている。
以下は、今回服用した医薬品。
注1
メイアクトMS錠100mg。セフェム系第2世代抗生物質。
2009/03、2009/09服用(2009/03前回の処方、多少効果有。2009/09効果なし)。
成分(一般名):セフジトレン ピボキシル。
有効なのは細菌による感染症。グラム陽性菌をはじめ、グラム陰性菌の多くに有効。病原菌が死滅すれば、腫れや痛みがとれ、熱のある場合は解熱する。
注2
アモキシシリン(Amoxicillin)1000mg。ペニシリン系抗生物質/合成ペニシリン製剤。
2009/09服用。今回はこれで回復。
成分(一般名):アモキシシリン
ペニシリン系の代表的な抗生物質。グラム陽性菌を中心に、大腸菌やインフルエンザ菌などグラム陰性菌の一部にも有効。緑膿菌やセラチアには効果なし。扁桃炎や咽頭炎、気管支炎、中耳炎など比較的軽い感染症に用いることが多い。
その他の服用品
■フロモックス錠100mg。セフェム系抗生物質
成分(一般名):セフカペン ピボキシル塩酸塩。
2009/09服用。効果なし。
グラム陽性菌のほか、大腸菌やインフルエンザ菌などグラム陰性菌に強い抗菌力を発揮する。また、他の抗生物質がよく効かない耐性肺炎球菌(PRSP)や耐性インフルエンザ菌(BLNAR)に対してもよい効果を示す。ただし、緑膿菌には効果がない。
■クラリシッド錠250mg。マクロライド系抗生物質。
成分(一般名):クラリスロマイシン(Clarithromycin 250mg)。
2009/09服用。効果なし。
グラム陽性菌にわりとよく効く。ブドウ球菌属、レンサ球菌属、肺炎球菌、モラクセラ(ブランハメラ)・カタラーリス、インフルエンザ。
■パセトシン錠250mg。ペニシリン系抗生物質/合成ペニシリン製剤
成分(一般名):アモキシシリン。
2009/09服用。効果なし。
ペニシリン系の代表的な抗生物質。グラム陽性菌を中心に、大腸菌やインフルエンザ菌などグラム陰性菌の一部にも有効。緑膿菌やセラチアには効果がない。扁桃炎や咽頭炎、気管支炎、中耳炎など比較的軽い感染症に用いることが多い。
梅雨が明けない。
ずーっと、じめじめした梅雨のまま。きちんと晴れた日がない。
九州特有の、刺すような夏の陽が、ハイコントラストの景色が来ない。
冬用の薪も乾かない。
オガクズを入れる予定のスペースもしけったままで片付ける気にならない。
オガクズを買ってきて乾かす時期を逸してしまう。
幾度煙突掃除をすることになるのか。
室内の湿度は65~70%前後を行き来している。
乾燥用のエアコンが欲しい。
大気も不安定なことが多く、予兆なしの雷鳴。
「ピチッ」と小さくルーターが鳴いて逝ってしまった。
母家とギャラリーにしている馬屋の一部に雨樋を付けた。
多少は、敷地外への排水性は高まったかもしれないが、所詮気休め。
雨樋の部品が高い。めちゃくちゃ高いと思う。
あんなプラスチック部品がどうしてあれほど高い。
雨による被害も深刻で気の毒に思う。
このまま、台風シーズンに入る。
此処だって何時どうなるか判らない。
庭の芝生の成長はいいことだが、草刈はたいへん。
(ただし、担当のオババは背負い式の刈払機を得てテンションは高い)
最近は一段落だが、キノコもよく出ている。
興味深いので図鑑で調べるが、確信が持てないので食うことはできない。
今現在も雨。
広域農道に轟くビックバイクのエグゾーストノートさえ懐かしい。
ある田舎在住の方が、話の中で「あそこは昔から評判がわるいからな」という。
個人的な嫌悪をダイレクトに表明せず、部落の客観事実として述べ、婉曲に自身の立場、思いを表現した。
このような表現の仕方が、まさしく田舎を象徴していると、しみじみ思った。
「点」としての個々の主張ではなく、部落の多数の意見という、あたかも「線」(あるいは「面」)としての引用表現を行うことにより、自己主張を「線」の中に埋め込み、矢面に立つ危険性を回避する。
「責任回避」は、卑怯のようではあるが、「和」を乱さず、表面上は温和な関係を維持させる「ムラ」共同体の習慣である。ただし、総意の中に入らなければ、あるいは、総意への恭順がなければ、成立しない。
これは難しい。皆での共同歩調が求められ、異端は警戒される。
拒否されると、「線」はのっぺらぼうの壁と化す。この怖さは想像できる。
共同体としての結束を確保する「線」としての総意であるが、リーダー、あるいは指導的立場の長老などの決定を待つまでは、個々が勝手な意見をいうことは躊躇うほうがいい。
ただし、意味不明な笑顔を浮かべるだけで、個人としての意見を言わず、何を考えているか判らないというように、外部の人々にとっては不思議な現象として写るというネガティブな側面を併せ持ち、「曖昧な日本人」として批評されてきた。
今後、田舎に横たわるコミュニティーの円滑な運営のための「線」の手法が、変容することは難しい。
田舎暮らしを目標とする人々や、過疎化に伴う村おこしとしての移住者の呼び込みも、この、のっぺらぼうの「面」という壁の前で喘ぐのだ。
村八分に陥っているわけでもないし、地域に嫌悪を感じているわけでもない。
これからも増えるだろう、田舎への移住者と「村」とのより良いコミュニケートの鍵はどこか?
そして、国際人として活躍が期待されている現在の日本人に影響を与える、田舎の、いや日本の「線」意識をふと思った。
沢山の、乾燥状態が悪い薪を燃した。ストーブを設置した時期が遅く、薪の用意ができていなかったから十分乾燥していない薪を燃さざるを得なかった。
当然、煙突は詰まる。エアーを絞って長時間燃焼させると更にいけない。たちまち詰まる。
外部突端の「H型笠」と呼ばれる部分からはタールが垂れ下がり、垂直部分には掃除用のブラシも入っていかない。そんな状態で、なんとか冬を越えた。
先端からガソリンを垂らし、暫時待ち、火を点けるとタールが燃えて綺麗になるという話を又聞きした。
煙突のタールはこの方法で取ろうと思った。分厚くこびりついたタールを取るのは実に厄介なのだ。
煙突の先端部は、屋根から高くて届かないから、先ず、三角形の足場台をこしらえることにした。そして水平部を得るのだ。
フレキシビリティに欠けるオジジが安全性を優先しなければならないことは、先の台所の改造時、踏み台から落ちて身に沁みている。
作業は雨模様の日を選んだ。三角台に、更に手ごろな台を乗せ、突端の笠をこわごわ取る。タールで固まっていて固い。腰が引けてスマートではないが、仕方がない。
ガソリンは危険なので、灯油に変えた。
ガソリンと違い、灯油はかなり垂らしてもなかなか燃ない。灯油でも多量に掛けるのは危険だ。そのうち、端のほうから燃え始めた。じわじわ広がり、勢いがついてきた。
そして、ゴーゴー燃え始めた。先端からバーナーのような火焔。少し恐くなる。
ステンの色が上から変わっていく。上から1.5m位まで燃えた所で炎が下火になり、そのうち消えた。
タールは燃えてネズミ花火のようにブクブクと発泡状態のようになっている。
かき出し棒を入れると途中で入っていかない。発泡状態になったタールのせいだ。これで火が消えたのかもしれない。再度、灯油を入れたが燃えなかった。
心残りはあったが、危険なので深追いは止した。しかし、炭化した大量のタールが取れた。
お薦めはできないが、煙突内壁に付いたベトベト状態のタールを取るには有効かもしれない。
タールが付く原因は、煙突が冷えて上昇気流がなくなり、排煙中に含まれる未燃焼物質が析出したせい?(注)。これを解決するには、2重煙突にして保温する。あるいは、電動ファンで上昇気流を作ればいい?
快適な薪ストーブではあるが、結構問題も多いのである。
(注:薪の含水率、横煙道が長い等の問題もある)
「小国ツーリズム協会」という非営利団体がある。
町の観光案内や宣伝活動、Uターン希望者への相談などを行っている。そのサイトのホームページ(トップページ)に「小国郷発のブログの更新情報」という案内があり、小国発のブログサイトを更新順にランキングしている。
我がサイトも、関係者の親切でリストされているので、更新するたびに、誰かの更新があるまでは、一番上に表示される。
トップの位置は目立つので、それを見て、気が向いた町内外の奇特な方が、我がサイトに訪れることもある。
前日、自分にとっては、かなり時間がかかった記事のアップを家人に報告した。
それで、暫くはトップ位置だというと、何のことについて書いたのかと聞いてくるので、「自動車の様々な装置の電動化」についてだと答えると、「そんな内容じゃ、だッれッーも読むモンか」と、おっしゃった。
「・・・・・・」
(それだけの話・・)
主婦の脅迫に近い要望で、台所のリフォームを行っていたが、最近になって、全ての工事を終えた。
改造内容は―
レベルを出し、痛んでいた床の根太の再配置と交換、フロアリング。
室内の全ての面を板張りに変更。
水道ラインの増設。
居間との仕切りを障子から板壁に変更。ハッチ式で通用口はドアに。
流し台の作り直し、等々。
我々にとっては、久々の大仕事。
所がである・・。
台所は一段低い位置にある。台所の床に置いた台から居間に降りようとして、敷居に足を掛けたときに滑って背中から敷居に落ち、腰をしたたか打った。
まったくフリキシビリティに欠けた爺の動きを他人事のように感じながら、朽木のように落ちた。情けない動きだったが、暫く動けず唸った。
台風対策や雪下ろしで5、60代のオッサンが屋根から落ちて大怪我というニュースが、他人事に思えなかった。セコイ距離から落ちて骨でもやっていたら、家人からは同情より軽蔑、工事の遅れを心配するのは間違いない。
そんなわけで、工事前半は、腰の痛みでヘロヘロ状態だったが、兎も角、完成した。
ボロ屋にまたエネルギーを投下することになった(ある程度はきちんと仕上げたいという思いが優ってしまうのが問題)。
しかし、出来上がると実に爽快。田舎暮らしの良さ。田舎の古家は改造代(しろ)が多いどころではなく、改造代だらけだから、リタイヤを控えたある友人がその後の悩みを訴えるのだが、ここにはそういった悩みだけはない。これがいいのか悪いのか判らないが・・。
余談だが、作業を開始するにあたり、卓上スライドソーなるものを購入した。ホームセンターで格安(¥19800)で売られていて思わず購入した。
精度や耐久性、品質は期待しない。板の切断にあればいいというもの。このサイズ、質量、部品点数で、しかも日本製とある。各パーツは中国製で日本でのアッセンブリー製品か?。何しろ、このような製品がこの価格ということが信じられない。
とまれ、大いに役に立った。
安全そうなマシンのイメージを持つこのマシンだが、馬鹿にすると危ない。特に短い材、曲がった材は危険。数回、材が飛んだ。材をきちんとフェンスに付けること、短い材は切断しないほうがいいと思う。
国立から夜通し走ってきた。疲れている上に、米子道は強い風で、安定に欠けるチープなワンボックスを転がすには難儀した。
奈良に寄りたい気持ちも強かったのだが、慣れていて、気持ちの負担感の少ない山陰を選択した。
松江に入る頃には強かった風もなぎ、訪れたときには、いつもこの地域が示す、穏やかで心地いい雰囲気が、雨上がりの弱い陽光と共に、今回も我々を囲んだ。
熊野大社の規模は大きくはない。規模の大小やポピュラリティとは一見無縁の、気取りの無い瀟洒な神社は、しかし、古事記や日本書紀の時代から存在してきたのだ。
このような宗教観が在り、それを継承してきた文化の形式があることに改めて驚く。漠然としているにせよ、明らかに英邁なる哲学宗教観を伴う共通認識が民意の底に存在していた。往時に培養された意思が、境内の配置や雰囲気、そしてアーキテクチャという立体表現を通して、今日も我々を打つのだ。
熊野大社の主祭神は須佐之男命(天照大神の弟神)である。また、熊野大社は出雲国の「一の宮」(注1)に選定されている。
出雲も熊野大社もいいが、連れ合いの決意は朝ドラで脚光(?)を浴びた「シジミ汁」を食することだった。
宍道湖の周回道路には、「だんだん」という店名の食堂や、「シジミ汁」の看板が目につく。
私には普通のシジミ汁に思えたのだが、旨いといって譲らない。
画像は熊野大社「舞殿」。
注1:「一の宮」とは、ある地域の中で最も社格の高いとされる神社を指す。各国で一の宮を名乗り、かつそれが広く認められている神社を挙げると105社(複数ある場合は全て列挙。新一の宮は含まず)もある(Wikipediaより)。
過去に一の宮とされたことのある神社によって「全国一の宮会」が結成され、また、一の宮巡拝(注2)が行われるようになってきた。
注2:一の宮巡拝を行っている人々の集りとして「全国一の宮巡拝会」が結成されている。巡拝者は朱印帳を持って全国68箇所の一の宮を巡拝している。
以前、我家にWooferとしてバイクで訪れた宮城県出身のS君は、朱印帳を持って全国の一の宮を巡拝していた。そういった若者がいることに驚いたものだった。
« PREV
NEXT »