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暖房用としてのロケットストーブの関心の高さは、当ブログへの検索ワードでも判る。
日本の住居では設置が難しいと思われるが、トライしたい興味あるストーブである。
所で、このストーブの特徴は、排気がきれいで、煙は引き出されるというより、押し出されるということらしい。
そのため、ストーブ本体から出た燃焼ガスは、そのまま、横方向に排出するという、通常のストーブでは考えられない構造になっている。
原理はどうなっているのだろう?
国内サイトでは、自分が納得できる解説を見つけられない。
また、L型の煙突をペール缶に埋め込んでロケットストーブを称しているものも多いが、これは、ロケットマスヒーターの真の能力を出すものでもないと思う。
素人なりに、再度検証してみた。
(対象:200Lドラム缶を使用する、標準的なロケットストーブ)
燃焼ガスは、ヒートライザーと呼ばれる、いわば燃焼チャンバーで燃焼させられる。
ロケットストーブは、このヒートライザーが断熱材で覆われているのが大きな特徴である。
燃焼ガスは、ヒートライザーを昇り、アウターケースあるいは、ヒートエクスチェンジバレルと呼ばれる、200Lドラム缶内部で反転し下方向へ下る。
インナーケースとアウターケースの上部、及びサイドのギャップはかなり重要で、約5cm程度。
ヒートライザーを昇った燃焼ガスは、ラジエターである、アウターケースで冷やされる。つまり、熱交換が行われる。
冷やされた燃焼ガスは、重くなり下降する
当ブログの記事、「ロケットストーブ2(2009/10/13)」のイラストには、エギゾーストクーラー(排ガスクーラー)の記述があるが、この概念を象徴している。
効率よく冷やすために、ギャップは広すぎてはいけない。また、クールダウンの影響をヒートライザーが受けないよう、断熱材(絶縁材)で覆われている。
温度低下した燃焼ガスは、そのまま横煙道を進む。
横煙道は、ある程度の長さと断熱の必要がある。
そのまま(水平方向のまま)、排煙させてもいいし、垂直煙突を設ける場合もある。
しかし、高い屋外煙突は、ロケットストーブにとって必ずしも良いことではないと考えられる。
もしも、屋外の垂直煙突が高く、横煙道の容量が極少量ならば、屋外煙突内部の冷えた燃焼ガスは、ストーブ内部に逆流する可能性さえある。
しかし、最小の外部縦煙突と、粘土等で充分な断熱処理を施され、しかも、充分な長さ(容量)を確保された横煙道は、外部縦煙突の影響を最小限に抑えられる。
(実際、海外サイトでは、φ200㎜程度で、非常に長い横煙道を用いている)
断熱材でヒートライザーを覆い、高温状態の燃焼ガスの膨張を保ち、冷却によるガスの収縮を利用することにより、長い横煙道にもかかわらずスムースな排煙が可能となる。
また排ガスが、ほとんど臭わない、高効率、完全燃焼するというのも、このストーブの特徴である。
200Lドラムを使用する場合の、燃焼スペースは決まってくる。
そのためには、投入する薪の量と、吸込まれる空気の量が適正でなければならない。
開発者のラリー・ウィニアルスキー博士は、燃焼ガスを高温に保つこと、コンスタントに空気を供給すること、ただし、過剰な空気や、2次空気は必要ない。多量の空気は燃焼ガスを冷やすからと述べている。
投入口は、およそφ150㎜。ヒートライザー長さ(高さ)は、約900~1000㎜。
完全燃焼とはいえ、内部に溜まるであろう煤の掃除は、数年毎には必要ではないのか?
太い薪の投入が難しい(?)。つまり、始終薪を投入しなければならないのではないのか?
それが心配。
兎も角、かなり考えられたストーブだという事が判る。
ノーテクと見過ごすべきではないことを知る。
オリジナルの200Lドラムを使用したタイプが、最も効率がいいのだと思う。
また、日本式のソーダストストーブの燃焼方式と組み合わせたら、手間が省けて良いかもしれない・・とも。
(実物に接したことのない素人意見ですので、間違っている点はご指摘下さい)

12月に入ってからの燃費を計測した。
2度給油し、平均が、17.34Km/L。
空気圧は、定積載に合わせ、フロント2.4、リア3.0kg/cm3
タイヤはスタッドレス。
4輪駆動。
走行距離は、約97,500km。
進角用の、「レジスター+5」を使用。
他の同じような状況の、サンバーTT2の値は知らないが、以前使用していた、2駆サンバーKS3は、リッター15km台だったから、良しとしている。
現在エンジン、駆動系共快調。
苦労して、ラジエターのエア抜きを十分に行ったせいか、ヒーターの効きが早い。
以前のサンバーのヒーターの効きが遅かったから、エア抜きが不十分だったと、今になって理解。
問題点は、右ヘッドライト付近(?)からの車内への水漏れ。
シャワーテストをすると、左右共、室内には入ってくる。
構造的に隙間があるので、集中的に水を掛けると漏水する。
最初は、ヘッドライト周りからの漏水かと思って対処したが(ヘッドライトボディ回りのへたったシーリング材の交換(汎用品)、室内側のヘッドライトプロテクターの交換(片方の爪が割れ、シーリング材の密着ができないため))、しかし、まだ若干の漏水がある。
右側面のどこかから、フレーム内部を通って室内に入って来ている可能性もある。
悔しいから特定したいが、結構面倒。
フロントセンターのプラスチックエンブレムを、塗装を傷つけないようにマイナスドライバーでこじって外す。
続いて、バンパー。
次にサイドフェンダーだが、慣れないと外し難い。固定しているネジ、ボルトを外し、ドアを少し開け、サイドフェンダーを上に持ち上げながら取り外す。
ヘッドライト周り以外からの漏水のようだが、進入経路がよく分からない。
(どなたか、アドバイス下さい)
TT2を使用中の方へ、何かの参考になれば・・。
韓国の李明博大統領は、18日の野田佳彦首相との会談で、ソウルの日本大使館前に元従軍慰安婦を象徴する少女像が設置されたことについて、「日本政府がもう少し(慰安婦問題に)関心を見せてくれれば起こらなかった」と指摘。
その上で、「誠意ある措置がなければ第2、第3の像が建つ」と警告。
また、野田総理との会談に先立ち、在日韓国人との懇談会で、李明博大統領は、以下のように述べた。
「この問題(従軍慰安婦)を解決しないならば、日本は永遠に両国間にある懸案を解決できないという負い目を持つことになるだろう」
従軍慰安婦問題とは、太平洋戦争中に日本軍が強制的に韓国女性を軍の慰安婦にしたとされる問題である。
しかし、いわゆる従軍慰安婦は存在していなかったということは、再確認されつつある。
慰安所、慰安婦はいたが、日本軍や日本政府が関与したという公式ドキュメントはない。
終戦後、日本、韓国は、戦後処理について調整して来たが、その中で従軍慰安婦に関する議題はおろか、賠償の話は出ていない。
韓国側も慰安婦の存在はわかっていたが、日本軍が強制的に徴用したものではないことを認識していたからである。
「従軍慰安婦」が、戦後唐突に現れてきた理由は、昭和58年、吉田清治が著書「私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録」の中で、自分は軍の命令で韓国の女性を狩りたてて、あたり構わずトラックで連行した、という内容の書籍を発行したことに端を発する。
ところが、韓国の新聞記者が実際に現場を訪れ、取材をすると、現地では、「吉田は嘘つきだ」、「当時から住んでいるがそんなことは知らない」と、口をそろえて否定したという。
すなわち、この吉田の書籍は虚偽だったのである。
吉田の書籍が出版されたのは、戦時中の事情を知らない人が増えてきた次期にあたる。
この「人道上の罪」に便乗する形で、火に油を注いだのが、やはり朝日新聞だった。
以下、朝日新聞の反日虚偽記載の推移を記すと・・・
1.昭和58年、吉田清治が著書「私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録」の中で、昭和18年に軍の命令で「挺身隊」として、韓国斉州島で女性を「強制連行」して慰安婦にしたという「体験」を発表。朝日新聞は、これを平成3年から翌年にかけ4回にわたり報道。
2.同3年8月11日、朝日新聞は、「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、売春行為強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」の一人が名乗り出たと報道。
3.同4年1月11日、朝日新聞は1面トップで、「慰安所、軍関与示す資料」、「軍隊に設置指示 募集含め統制・監督」と報道。この直後の16日から訪韓した宮沢首相は首脳会談で8回も謝罪を繰り返し、「真相究明」を約束。
4.同5年8月4日、河野官房長官談話、政府調査の結果、「甘言、弾圧による等、本人達の意思に反して集められた事例が多数あり、更に、官憲等が直接に荷担したこともあった」と発表。
朝日新聞に端を発した慰安婦の問題は、この河野談話により、日本政府として慰安婦の強制連行を公式に認めてしまった。
しかし、昭和58年までは「従軍慰安婦」という言葉が使用されたことはない。明らかに朝日新聞のデッチ上げである。
日本の不幸は、河野洋平という無能な官房長官を抱えた日本政府が、朝日新聞のデッチ上げに軽薄にも乗ってしまったということである。
制度としての慰安婦は、軍相手の「管理売春」という商行為をおこなう民間団体である。
慰安婦には高額な報酬が支払われ、民間が募集、運営していた。
そして、日本の民間による慰安婦の募集に対し、貧しい朝鮮の女性が、高額の報酬を得るために、自らの意志で慰安婦になったのは真実である。
当時、世界中で慰安婦は存在しており、日本特有のものではない。
ところが、問題になっているのは、慰安婦が、軍による強制連行であり、もしくは性の奴隷のような扱いを受けたということであり、それが朝日新聞による、旧日本軍を標的にした捏造記事に他ならないということである。
そして、朝日新聞のデッチ上げ記事が、世界中に波及していくことになる(韓国の不当な、マスコミを利用した戦略にもよるが)。
在米韓国人のロビー活動により、2007年7月30日、アメリカ合衆国議会は、「日本政府によって日本軍のために、いまだかつてないほどの残酷さと規模であった20世紀最大の人身売買の1つである」とし、「性奴隷にされた慰安婦とされる女性達への公式な謝罪、歴史的責任、あらゆる異論に対する明確な論破及び将来の世代にわたっての教育をすることを日本政府に要求する」としたアメリカ合衆国下院121号決議を採択してしまった。
さらに9月20日、オーストラリア上院慰安婦問題和解提言決議。
11月20日、オランダ下院慰安婦問題謝罪要求決議。
11月28日、カナダ下院慰安婦問題謝罪要求決議。
12月13日、欧州連合(European Union)の欧州議会本会議。
2008年3月11日、フィリピン下院外交委。
10月27日、韓国国会は謝罪と賠償、歴史教科書記載などを求める決議採択。
11月11日、台湾の立法院(国会)が日本政府による公式謝罪と被害者への賠償を求める決議案を全会一致で採択、等々、サンフランシスコ講和条約締結国から次々と、日本のみを対象とする決議が出されている。
これに対して、日本の主要新聞は「事実誤認」「おろかな選択」などと、批判論を展開した。
しかし、朝日新聞だけは、安倍首相が談話で謝罪して、「けじめをつけろ」と要求。
どこまでも日本を貶め続ける朝日新聞。この新聞社と、河野洋平のお蔭で、日本の国益はどれほど失われたことか。
そして今回、従軍慰安婦を象徴する少女像の韓国日本大使館前への設置という、許しがたい行動と、李明博大統領の声明に繋がってきたのである。
ベトナム戦争当時、米国の傘の元での掃討部隊としての韓国軍の非人道行為は、世間に出ないだけで、ベトナム、ラオスの方々に刻印されているのは、ラオス人から私は直接聞いた。
韓国の暴挙に対し、韓国民団から援助を受けている民主党野田総理は、おそらくまともな抗議をしない。
事実を基にした、毅然とした外交決着は、早晩必要だろうと、強く思う。
[追加](産経新聞 12月18日(日)19時25分配信から抜粋)
日韓国交正常化に関する協定で、両国が個人賠償請求権放棄で合意し、慰安婦問題が解決済みであることは、大統領自身承知しているはずである。
今回の首脳会談において、李大統領は、日本の「韓流ブーム」での韓国への印象が良好な中、日本の対韓国感情悪化を抑えたい思いはあった。
しかし、韓国では政権末期になり、求心力を失った政権に逮捕者が出るのは、韓国の特徴であり、今回も同様である(与党議員を務める李大統領の実兄の秘書、大統領夫人の従兄弟が斡旋収財容疑などで逮捕されている)。
そしてその度に、日本に対する“過去カード”を切り、目先をそらす事が繰り返されてきた。
李大統領もついに過去カードを切ったのだ。
困惑する日本の姿に、韓国側は、朝日がでっち上げた過去カードが、まだ十分、使えることを確認した。
12月3日、初めての煙突掃除。
ちょっとしたタイミングで、蓋の合わせ目から煙が漏れるようになったからだ。
今シーズンの初使用は10月終わりだが、最初は灯油ストーブと兼用にしていた。
しかし、11月半ばから昼夜連続運転実施中である。
寝る前や、午後は、大き目のブロック(木片)を投入して全閉。
この状態で、約6時間、燻(くすぶ)っている。
空気取り入れ口を全開にすると、再び燃え始める。
木片の位置が悪く、消えている場合もある。
その場合、灯油を少量かけ、点火すると、すぐに燃え上がる。水分が飛んでいるからだろう。
以前使用した、時計型鉄板ストーブや、工房で使用している、鋳物ストーブでは、同じ条件で空気口を開けただけでは、絶対に燃え上がることはない。
ペール缶底中央の穴から、空気が集中的に入るためだろうと、推測している。
完全に燃え尽きた場合。
最近は、ソーダストを詰めたペール缶の交換が面倒で、細く割った着火用の木切れを、ペール缶の底に敷き、木片を少量入れ、それに灯油を掛けて着火することが多い。
この方法で、簡単に燃え上がる。
ソーダストの詰め替えより楽と、連れ合いはもっぱらこの方法を採る。
そのため、ソーダストの消費が激減している。
ソーダストストーブではない!?
こんな調子での、連続運転だから、かなりススが付いていると思っていたが、それほどでもなかった。
最も付いているのは、ストーブ本体から立ち上がった垂直部分。
水平部、外部はそれほどでもなかった。
ちなみに、我家の煙突の縦横比は、1.6:1程度である。
その他の改造(?)箇所としては、薪の投入口を内側から見ると、エアを吸っている部分があったので、耐熱パテでコーキング。
ある事業所で、煙突のつなぎ目をアルミテープで巻いているのを見た。熱でテープがほどける風でもないので、同じようにした。
参考までに、昨シーズンは、10月28日~4月30日まで使用。
その間の煙突掃除6回。
他に、横煙道だけを掃除したのが2回位あったと記憶する。
長い間期待され、待たれていた新型無段変速機が、日本精工株式会社(NSK)から発表された。
しかも、FF車用である。
今回発表されたものは、トラクションドライブ(注1)と呼ばれる動力伝達方式を用いた変速装置で、トロイダルCVT(Continuous Variable Transmission)(注2)というものである。
オートマチックトランスミッション(AT)や、金属ベルト式CVTを凌駕する省燃費を実現するという。
従来のギア式自動変速機は、ギアを複雑に組み合わせながら変速させる。
ギアの摩擦により、ロスが生じるため、燃費にも影響する。これに対し、トロイダルCVTは、ギアを使わずに、円盤とローラで動力を伝える。
エンジン側と、出力側の円盤のあいだにあるローラの傾きにより、なめらかに変速する。そのため、動力のロスもなく、燃費も改善する。
アイデアは20世紀初頭からあった。
ギアを使わず、円盤とローラで変速すれば、効率はいいとわかっていても、だれも実用化できなかった。
金属と金属が接触しながら動力を伝えるとき、摩擦が不可欠だが、動力のロスの原因ともなる。あるいは、パーツが削り取られて摩耗したり壊れたりするからだ。
製品化までは、途方もない試行錯誤と、熱意の持続が必要だった。
円盤とローラが、摩擦のために破壊される。どうして厚さ1cmもある鉄の円盤が割れるのか。原因を追究していくと、不純物が原因だということが判った。
不純物を排除し、遂に世界最高純度の鉄にたどり着く。
鉄を焼き入れして硬くする「浸炭」という技術がある。
昔からある技術である。だいたい900度~1000度程度に熱し、油で冷やして硬くする。硬くし過ぎると、割れたり壊れたりする。それを防止し、表面だけ硬くして中を柔らかくする。
所が、やってみるとあっさり壊れる。表面の硬さが足りなかった。より硬い浸炭をやらないといけない。ところが、硬くしすぎても割れる。
浸炭は、通常だと表面からの深さが0.3mm~0.7mm程度である。
硬い層が非常に薄い。普通ならこれで充分である。それでも処理に3時間くらいかかる。
トロイダルCVTの場合、理論的に3㎜程度は必要だという。3㎜の浸炭など、常識では考えられない。処理にも48時間はかかる。
誰も相手にしない。
東北大の熱処理の専門家が試してくれ、見事に寿命が10倍位伸びた。
ここでひとつのブレークスルーがあったと、技術開発本部長、町田尚氏は言う。
NSKは、1978年にハーフトロイダルCVTの開発に着手。
本業である軸受製造技術を用い、非金属介在物を限りなく取り除いたCVT用の超高清浄度鋼(CVT鋼)を開発。更に高度な浸炭窒化熱処理技術や、超精密表面加工技術などを用い、世界で初めて自動車用としての耐久性を満たす、パワーローラとディスクの開発に成功。
1999年に世界で初めて、自動車向けハーフトロイダルCVTの実用化に成功し、日産の高級乗用車「セドリック」と「グロリア」に搭載された。
その後、搭載は中止されたが、NSKでの開発は続けられ、今回の発表となる。
従来のトロイダルCVTは、スペースの関係で、「セドリック」のような、大型後輪駆動車(FR車)しか搭載できなかったが、構成部品をコンパクトにし、内部仕様を見直した結果、従来よりも全長を約2割短くでき、FF車への搭載を可能にした。
従来品の優れた伝達効率を更に高め、摩擦損失を半減し(高効率化:93% → 97%)、従来品に比べて、変速比を拡大(ワイドレンジ化:4.3 → 6.5)することで、幅広い車速領域で、エンジン回転数を下げることができた。
また、約3割の軽量化を果している。
NSKでは、円盤とローラの素材の研究、潤滑油の研究など、この問題を解決するのに21年かかっている。
原理は簡単だが、球状のツルツルの金属同士が接触してエンジンのパワーを伝達する。
誰もが上手くいくとは考えない技術。しかし、やればできるものだ。
可能性は自ら閉ざさない。自己信頼と絶え間ぬ努力。コツコツは勝つコツ。
ウーム、分かってはいるつもりなのだが、凡人(ワタクシ)は今日も安きに流る。
リッター30Kmを超える車も登場している。まだまだ、内燃機関の需要は続く。
更なる省エネ技術の1つとして、NSKのハーフトロイダルに凡人は期待するのだ。

注1:トラクションドライブ
転がり接触による動力の伝達方法。
円筒状の物体(回転体)が、油膜を介して、互いに押し付けられた状態で、一方の回転体から他の回転体に動力を伝達する方法。
通常、油を供給するのは、摩擦を少なくして抵抗を小さくするのが目的である。
所が、トラクションドライブは、まったく逆で、接触圧力を大きくしていくと、粘性係数が大きくなるという油の特性を利用した伝達機構で、油膜のせん断力(変形に抵抗する力)によってトラクションが発生する(滑りにくくなる)と考えられている。
現在のトラクションドライブオイルは、化学合成油が用いられ、一層滑りにくくなっている。
またオイルには、当然のこととして、転がり面の熱の放散、摩耗、焼き付きといった表面損傷防止のための機能が要求される。
注2:トロイダルCVT
トロイダルCVTの変速原理は、イラストを見るとおり、シンプルなものである。
トロイダル方式には、フルトロイダルとハーフトロイダルの2種類がある。
ハーフトロイダルでは、パワーローラーにスラスト力が発生するため、これを支持する大容量のスラストベアリングが必要になってくる。
フルトライダルは、パワーローラー部におけるスピンが大きく、その大きさは、ハーフトロイダルの7倍程度にもなるという。そのため、厚いパワーローラーは使用できない。
[参考資料]
Tech-On:日本精工、FF車に積めるハーフトロイダルCVTモジュールを出展
Tech-On:トロイダルCVTは「ハーフ」か「フル」か? 新型ミッションの熱き戦い
東北大学機械系瀬名秀明がゆく:無段変速機「ハーフトロイダルCVT」21年の挑戦
NSK:ハーフトロイダルCVTパワートロスユニット
自動車用ハーフトロイダル型IVTの研究 / 今西 尚
東北には、友人知人がいる。
被災地に住んでいる方もいる。
彼らは、震災以降、何も変わっていないと言う。
瓦礫は多少は片付いた。それだけだと・・。
先ず、国が主導し、大きなグランドデザインを決定し、県を越え、法律を超えて実行すべき事がある。
全ての方々が満足する指針は無理だ。しかし、復旧、再開発のための基本指針は、国が示し、各地が実情に合わせて実施する。
チェルノブイリ事故後2年で、ソビエト政府は、レディエーションフリー地域に高層アパートを建設し、新たな村を誕生させた。
迅速で、ファンダメンタルな下絵は政府でなければ示せない。
そんなことは、余程の阿呆でなければ判る。
しかし、東北の現実を見たとき、敢えて復興復旧を延ばしていると考える方が自然だ(と、思うようになった)。
理由は、判らない。
しかし、何らかの意図があるのかもしれないと、思わせる現状である。
東北に限らず、現政権が行っていることは、全ての面で、日本のパワーを落とすという方向に舵を切っているように見える。
どうすれば国は衰退するか、というお手本である。
そう考えると、日本の現状は理解しやすい。
(いや、それ以外に考えられない・・のではないか?)
この政権は、東北に関しては、のらりくらりだが、諸外国、特にチャイナや朝鮮への利益誘導には実に熱心である。
その中の最近の例が、永住外国人への地方参政権(選挙権)付与法案に関するものである。
以下(2011.11.23 民団新聞)より抜粋。
在日本大韓民国民団(民団)の創団65周年記念式典が11月18日、都内のホテルで開かれた。
鳩山由紀夫元首相は「日韓関係をさらに良くしたいというのが多くの日本人の願いだ。東日本大震災に対する皆さんの温かい激励・支援に感謝する。皆さんの願いである地方参政権の早期実現に最善の努力を約束する」と述べた。
公明党の山口那津男代表も、民団が地域社会の発展に寄与してきたことや韓日の親善に尽くしてきたことなどに言及。その上で、地方選挙権付与について、「公明党は一貫して推進してきた。これからもその実現に向けて取り組んでいく」と決意を表明した。
民主党を代表して挨拶した樽床伸二幹事長代行は「鳩山元総理の思いをしっかり支えながら、国政運営にあたっていく。日韓関係が、さらに充実し両国が繁栄するよう、皆さんが両国の大きな懸け橋になってほしい」と訴えた。
社民党の福島瑞穂党首は「来年は(韓国で)国会議員選挙、大統領選挙があり、在日の皆さんも投票できる。その一方で日本で地方参政権がないことはおかしい。民主、公明、社民各党が協力すれば国会で法案は通る。来年には必ず成立するようがんばる」と強調。
共産党の志位和夫委員長も「来年から在外国民選挙に参加できるようになったことをお祝いする。共産党は、永住外国人への地方参政権については、被選挙権も含めて主張している。その実現にがんばっていきたい」と明らかにした。
(抜粋ここまで)
日本の「公人」の最たる立場にある国会議員が、外国団体の記念行事に出かけ、重要な国家の基本政策に関る事項の成立を約束するとは!。
しかも、こうした言動について、日本のメディアはほとんど報じない。
何故、これらの民主をはじめとする国会議員が、日本の利益よりも韓国朝鮮の利益を優先するのか?。出自が彼の国なのか、彼らから金銭を含めた多大な協力を得ているのか?
そして、何故、在日韓国朝鮮人の方々が、「永住外国人への地方参政権」を求めるのか?
無関心でいる間に、取り返しのできない所へ誘導されてはいないか ――
同じ九州だが、薩摩半島は結構遠い。
知覧町は、ほぼその南端に位置している。
そこにある、知覧特攻平和会館を訪れた。
旧帝国陸軍四式戦闘機「疾風」を見るためである。
四式戦(疾風)(注1)は、小さな展示空間に閉じこまれていた。
旧帝国陸軍の期待を一身に背負い、英知を絞って生まれた機体が、忘れられたように置かれている。
ゼロ戦より一回り大きい感じがした。非常にシンプルな造詣。
重戦闘機だが、格闘戦も得意とする。特に特徴の際立たない、つるんとした機体だったが、卓越した能力秘める。
アメリカの評価では、日本の最高傑作機(注2)。
戦後の米軍テストによる格闘性能の評価は、連合軍戦闘機で最も格闘性能の良い英空軍スピットファイアより、疾風の方が更に上とされたとのこと。
このような戦闘機は、軍の要求も厳しいが、設計者の理念が極限状況を前提として、具現化している。その究極の選択を確認すること。
懸命に製造した日本の技術、工業力を目の当りにし、戦争という、ある種ネガティブな状況下とはいえ、民族の誇りや実力、信念を実感できるのは、実機を前にしたときだ。
四式戦の開発、製造を行った中島飛行機(注3)は、終戦後、解体されて12に分社化された。
その1つが、富士重工業(スバル)である。
また、富士精密工業は、プリンス自動車工業(スカイラインで有名)の前身(後に日産自動車に吸収合併)だった。
戦前からの自動車メーカーであった、トヨタや日産でさえ、終戦後の新規開発は難しく、海外メーカーの模倣や、ライセンス生産で凌いでいたが、中島飛行機を前身とする富士重工業と、プリンス自動車工業の2社は、技術提携に頼らず、自力開発を行った。
特攻平和会館の展示室は狭く、機体を遠くから俯瞰しにくい。そのため、全体のシルエットを確認しにくいのは、残念だった。
裾野の広い、航空機製造技術は、戦後、日本の発展の礎となったのは事実である。
所が、我が国には、国立の航空博物館がない。民族の誇りとして、軍用機を含めた航空技術の歴史を展示紹介する場は、是非とも必要だと思っている。
中島飛行機のエンジニアであり、戦闘機「隼」を始めとする軍用機の設計に携わった、糸川英夫博士は、戦後、国産ロケットの研究開発に尽力された。
最近、探査衛星ハヤブサの帰還は日本国民を感動に導いたが、小惑星イトカワと、探査衛星ハヤブサの命名は、糸川博士の業績を記して実に嬉しかった。
注1:四式戦(疾風)
帝国陸軍から、「大東亜決戦機」として期待され、大戦後期の主力戦闘機として各飛行戦隊隊に配属され、昭和19年中期という戦争後期登場ながら、製造数は、零戦、隼に次ぐ約3,500機に及んだ。
実戦では、「格闘戦も出来る重戦」「軽戦(一式戦)と重戦(二式単戦)の良いとこ取り」とも評価され、また、高高度での操縦性や速度、防御の点で本機の右にでる日本機はなく、非常にバランスの取れた機体だったようだ。
ただし、精度の高い製造技術を必要とした、高性能新型エンジン「ハ45」の不調や、オイル、ガソリン、交換部品の品質低下、整備力低下等により全体的に稼働率が低かった。
機体の防弾防火については、従来の陸軍戦闘機に順じ、全ての燃料タンクには、防漏ゴムを張ったセルフシーリング式とし、操縦席前面は、70mm厚の防弾ガラス、操縦席後方には、13mm防弾鋼板が装備されている。
注2:四式戦(疾風)は、アメリカ軍のテストにおいて、ハイオクガソリンと高性能スパークプラグを用い、最高時速687Km/h(6,096m)をマークし、上昇力、運動性能、防火防弾、火力ともに高評価され、「日本の最優秀戦闘機」と確認される。
注3:中島飛行機が設計製造した主なファイター
一式(隼)、二式(鍾馗)、三式(飛燕)、四式(疾風)、五式(飛燕の機体に、三菱重工業製金星62型エンジンを搭載。イギリス空軍博物館(Royal Air Force Museum)に、エンジン・機体共、極めて良好な状態にレストアされ、保存されている。現存する唯一の機体)。

画像は、「Pacific Wrecks.com」から。
同サイトの、 「Ki-84ko Frank」(疾風)のページでは、次のように紹介されている。
戦後の米軍によるテストでは、疾風は、高度20,000フィートにおいて、P-51やP-47よりも早いことを示した。もっと早い時期に投入されるか、より改良されていれば、疾風は、確かに太平洋において、更なる痕跡を残せた。

同ページの画像説明から。
履歴
1945年にクラーク空軍基地(フィリピン)に捕獲された疾風。
評価とフライトテストは、ATIU(注4)にて行われ、エアクラフト輸送船「USS ロングアイランド」によって米国へ運ばれた(画像上)。
修理
1952年、オンタリオ航空博物館オーナーのエドワード マロニーに払い下げられ、飛行可能状態まで修復された。
展示
Planes of Fame Museum(マロニーの博物館)で1978年まで展示された後、日本に運ばれ、1991年に閉館するまで、嵐山博物館で展示された。今日、「神風パイロット平和博物館」で見ることができる。
画像下は、日本に運ばれ、整備終了後のものと思われる。担当は富士重工業。
注4:ATIU(Air Technical Intelligence Unit)(航空技術諜報部隊)
米、オーストラリア軍をメンバーとして、太平洋戦争開始翌年の1942年に組織され、1943年、ビリスベンにあるイーグルファーム飛行場でシークレット作戦がスタート。捕獲した日本の様々な軍用機が持ち込まれ、修復し、徹底的に分析、テストされ、作戦にフィードバックされた。
ATIUを解説しているサイト(上リンク)には、捕獲、米軍色に塗り替えられた一式戦や、三式戦の画像もリストされている。
三式戦(飛燕)の画像には下記のコメントが・・・。
「1944年7月4日、ブリスベン上空を飛ぶ、捕獲された日本機Ki-61-3B “トニー”」
一式戦(隼)の捕獲から修理、飛行の様子は、「JAPANESE “OSCAR” AIRCRAFT REBUILT AT EAGLE FARM IN HANGAR NO. 7, BY ATIU」から。
(彼らの戦略には言葉を失う。精神力だけでは難しい・・・)
「ウッドフォーラム」を主催するS氏がアレンジしたソーダストストーブ。
現在は、主に普通の薪を燃料にしている。快適とのこと。
当然ソーダストや、自動鉋屑の燃焼も視野に入れているとのこと。
主構造は、私のものと、ほぼ同様。
ドーナツ状の内底中央の開口部(穴)は、直径120㎜。
インナー缶は、入手の簡単さ等から、ペール缶を使用。ただし、缶上部の一部を切り取って、長い薪が入りやすいようにしている。
ペール缶底の、空気吸入口は、φ13㎜の穴を複数開けている。
丸一日運転すると、灰が空気穴を塞ぐようになるが、完全に流入を止めるほどでは無い。
ロストルの下から着火した場合、ペール缶の底穴が、小さい穴の集合のために、上手く着火しない場合がある。そのため、上から、灯油を浸み込ませたオガ粉を少量ふりまいて着火している。
これで、問題なく着火。
現在までで、気になる現象としては、ペール缶の中に薪を詰め過ぎた場合、燃焼に対し、空気の流入が間に合わず(調整窓全開時)、不安定な燃焼を起こす場合がある(吸気しては燃焼と、交互にくりかえすような感じ)。調整窓を閉めれば落ち着く(注1)。
長時間燃焼の場合、灰や炭がペール缶の底穴を塞いでしまうの防止するため、底穴を囲むように、市販のゴトクをコンクリートボンドで接着。それなりの効果はある。
ペール缶の底部はかなり高温になるようで、ゴトクも真っ赤に焼けている。
ペール缶も同様に真っ赤に焼ける。この熱をストーブ本体が担うのは「ヤバイ」と思う(注2)。
インナー缶としてペール缶を使い、一番感じるのは、薪を垂直に立てるため、並べやすく、炎の勢いが良い。特に初期着火に都合がいいと思う。
中央部からの、局所的な空気の流入が功を奏していると思われる。
また、燃え残りの炭が底に残るので、追い焚きしやすい。
注1:画像で見ると、S氏は、ハードウッドを使用しているようである。ペール缶にハードウッドを詰めて燃焼させると、もの凄い熱量になる。我家は、壁が近い事と、部屋が狭いために、この熱量は過大で恐いほどである。
私のペール缶の底穴はφ70㎜(約39平方センチ)。これでも、全開だと酸素不足で、ほぼ同様の状態になる。
ちなみに、ストーブ本体の調整口は、約80平方センチ。
注2:まったく同感。
「ウッドフォーラム」のS氏に使用感等を、お聞きしましたので紹介いたしました。
このストーブに関心を持たれている方への情報になれば、嬉しく思います。
S氏には、画像や使用感についての、私のしつこいリクエストに答えて頂き、ありがとうございました。今後も、アレンジ、進展等ありましたら追加情報を、お願い致します。
また、同じような試みをなさった方がいましたら、紹介させて下さい。
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